厚生労働省の社会保障審議会の年金部会。公的年金の将来の見通しを示す「財政検証」の結果が7月に公表された
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 厚生労働省が7月に発表した年金の推計値。初めて1人当たりの平均年金額の見通しが示されるなど、より具体的に将来を想像できるようになったという。これで年金に対する不安は解消されるのか。AERA 2024年9月16日号より。

【図表を見る】「元年金局長が高く評価する『分布推計』による個人単位の年金額」はこちら

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「年金制度に画期的な指標が誕生しました。この指標をアピールしていけば、若い世代の年金不信を変えられるのではと思います」

 こう話すのは日本総合研究所特任研究員の高橋俊之氏である。高橋氏はつい2年前まで厚生労働省で「年金局長」を務めていた。年金制度を知り尽くした元行政サイドのトップが太鼓判を押す指標なのである。

 高橋氏が高く評価するのは、「分布推計」という手法を使って厚労省が個人単位の年金額をシミュレーションしたことを指す。7月に発表された、年金財政の「健康診断」といわれる財政検証の中で初めて公表された。

 いったいどんな点がすごいのか、順を追って見ていこう。

 年金と言えば、誰にとっても最大の関心事は「いつから、いくらもらえるか」だろう。「いつから」は「65歳~」が標準だが、「いくら」という個人の年金額の目安を示す公的な指標は実はどこにもなかった。

「モデル」が現実と違う

 財政検証や毎年の年金額改定の際に「モデル世帯」の年金額が発表されるが、このモデル世帯が現実にはありえない夫婦──20歳から60歳までの40年間、平均賃金で働く夫と、同じ40年間、専業主婦だった妻──が想定されている。

 そう聞くだけで、共働きが主流で、単身世帯も増えている実態と合っていないことがわかるが、ほかに指標がないこともあって、あたかも「これが標準」であるかのような取り上げ方がマスコミなどでされてきた。

 モデル世帯は1980年代に考え出され、年金財政が苦しくなって「マクロ経済スライド」という支給抑制策を取らなければならなくなってからは、その抑制度合いを測る指標としても使われるようになった。具体的には法律で、モデル世帯の年金額(以下、モデル年金)は現役男子の平均手取り収入額の「50%」を下回らないこと、と定められている(難しい言葉だが、この比率のことを「所得代替率」という)。そしてその基準が守られていることを5年ごとに確かめるのが財政検証の役割である。

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