ここからやっと本題だ。10月20日、89歳になった美智子さまの話を書く。陛下を育てた美智子さまは、とても今日的な女性だと思う。という話だ。

 上皇さまの子ども時代と違い、陛下は両親の手元で育てられた。冒頭の歌もそうだが、美智子さまは子どもをたくさん詠んでいる。その始まりがこの歌だ。

〈あづかれる宝にも似てあるときは吾子(わこ)ながらかひな畏(おそ)れつつ抱(いだ)く〉

 1960年、陛下が生まれた年に詠んだ。以来美智子さまは、子どもへの圧倒的な肯定感を言葉にし続けた。74年、40歳の誕生日を前にした記者会見もそうだった。14歳の陛下がオーストラリアでホームステイをした、初の海外旅行が話題になった。

 感想を尋ねられ、美智子さまは「自由」を語った。いわく、浩宮(陛下の称号)は普通の家庭を知らない。外を自由に歩くことを想像していると、現実より(期待が)大きく膨らむ。が、一般の家庭でも完全な自由はない。それがわかり自信を持ち、自分の立場がわかったと思う、と。そしてこう語った。

〈私一人の感じでいえば、浩宮の人柄の中に、私でも習いたいというような美しいものを見出しています〉(薗部英一編『新天皇家の自画像』から。以後、昭和の記者会見は同著による)

 絶対的な愛を語る一方で、美智子さまは常に冷静な目で子育てを捉えている。70年、黒田清子さん(称号・紀宮)が生後10カ月の時に上皇さまと美智子さまはマレーシア・シンガポールを訪問した。事前の記者会見でこう述べた。

〈幼い紀宮のために、とくに子守歌の録音テープなどを残しておくようなことはしません。浩宮の時はやりましたが、親の気休めにすぎなかったか、とも思えますし、二人の兄がいるから安心して出かけます〉

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