「エスカレーターに立ち止まって乗ること」を義務づける条例が施行された埼玉県の大宮駅でも依然として右側を歩く人が後を絶たない(撮影/國府田英之)

右側に立つと「どけよ!」と罵声

 そもそも、エスカレーターは立ち止まって乗るように設計されている。2列で乗ったほうが、片側空けより輸送効率が高いとの研究結果も出ているのだが、そうした事実はほとんど知られていない。

 21年の10月には埼玉県で、全国初となる「エスカレーターに立ち止まって乗ること」を義務づける条例が施行され、昨年10月には名古屋市が続き、変化が起きてはいる。

 だが、過去には鉄道会社がマナーとして片側空けを推奨した時期もあり、根付いた慣習はすぐには変わらない。

 さらに、身体障害などのハンディがあり、片側に乗りたい人が空いた側で立ち止まった場合、正しい利用の仕方をしているにもかかわらず、怒鳴られたりする現実もある。

 その一人、埼玉県在住の川瀬正広さん(51)は、15年に脳梗塞になったことをきっかけに左半身にまひが残り、都心に通勤する際、エスカレーターでは右側に乗って、右手で手すりに捕まって乗っている。左手の握力が弱いため、急停止した際に転倒してしまう危険があるためだ。

 今年7月、最寄りの駅のエスカレーターで右側に立ち止まって乗った際、たまたま左側の一つ手前と一つ後ろに立って乗っている人がいた。

「どけよ!」

 突然、後ろから歩いてきた中年男性が手すりをつかんでいる川瀬さんの右手を払いのけ、つき飛ばす勢いで右側を通過していった。

「危ないですよ!」

 危険を感じた川瀬さんが声をかけると、「うるせえ、ばか野郎!」と怒鳴って去っていった。

 筆者もそのエスカレーターを確認したが、たった数メートルの長さで速度もとても遅い。隣には階段がある。

「短いエスカレーターですし、急ぐなら階段の方が早いですから安心して立ち止まっていたのですが……。なぜ、つき飛ばしてまでエスカレーターを歩きたいのか。条例ができて、鉄道会社なども周知を図る努力はしてくれていますが、たまに文句を言われてしまう状況はほとんど変わっていません」

 川瀬さんはこう本音を漏らす。片側空け文化の日本では、立ち止まって乗っている川瀬さんの家族や友人たちも含め、大多数にとってのただの「邪魔者」でしかないのではないか。そんなむなしさを、ふと感じることもある。

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