人工知能(AI)の研究者であり、北海道大学大学院 情報科学研究院の教授を務める川村秀憲氏の書籍『10年後のハローワーク』(アスコム)から、要点を一部抜粋してお届けします。今回のテーマは「サービス業の未来」。子どもの頃に「将来はパン屋さんになりたい」「お花屋さんになりたい」と思っても、時とともに夢が変わっていく人も多いでしょう。ですが川村氏は、そうした仕事はAI時代の到来後も淘汰されず、引き続き価値を発揮すると予測します。その理由とは――。
「パン屋さん」や「お花屋さん」が AIに代替されることはほとんどない
サービス業とは、かたちのないサービスを提供する、もしくは顧客に対して直接サービスを提供する仕事を指しますが、ここではいわゆる「サービス業」というよりは、子どものなりたい職業ランキングでよく見かける、親の目線からは比較的零細な職業について述べていきます。たとえば「パン屋さん」や「花屋さん」、ほかには美容師やシェフなどが該当します。
近年は「YouTuber」も根強い人気ですが、もしかしたらそれもこの項に入れていいかもしれません。
ところで私は、そうした職業は、おそらくAIに代替されることはほとんどない、と考えています。
もっとも、小さなお店やフリーランスで働く人たちはそもそも不安定で、軌道に乗る前に事業が立ちゆかなくなることもあるでしょう。ただ、それがAIによってより大きな影響を受けるかと言えば、あまり関係ないか、むしろメリットのほうが大きいのではないかと思います。
AIやロボットが準備した パンや花束も悪くはないが・・・
まず、フェイス・トゥ・フェイスが前提である小さなビジネスには、とくにそこに「身体性」が伴っているとなお、AIやロボットに代替される可能性は低くなります。
たとえば美容師やマッサージ師の仕事を、AIを搭載したロボットに代替させること自体は可能でしょうが、では顧客は、著しくコストが安くなっているならまだしも、似たような価格ではたして進んでAIやロボットに施術されることを好むでしょうか。最初は物珍しさから試す人もいるかもしれませんが、やはり人に戻ってくるのではないかと思います。
この背景を考えてみると、結局、小さなビジネスや身体性の強いサービスは、供給してくれる「人」自体にも大きな価値があるからなのではないかと思います。
美容師さんに髪型を相談しながらカットしてもらったり、パーマをかけてもらったりすることには、それ自体に魅力や満足感があります。一方で、あれこれ話しかけられるのがいやで、無言で切られたい人にはいわゆる「1000円カット」などの業態があり、これは場合によっては将来ロボットになるのかもしれません。
パン屋さん、ケーキ屋さん、お花屋さんも同じでしょう。AIやロボットが正確かつきれいに焼いたパン、AIがおすすめしてくれる花束も悪くはありませんが、すでにうまく商売をしている人たちは、やはり自分のセンスや味に魅力を感じてくれているリピーターが存在しているからこそなのではないでしょうか。
もっとも、こうした小さなサービス業の主人も、自分の「助手」としてAIを取り入れることは大いにあり得るでしょう。顧客の顔や髪型を撮影して分析すること、最近流行のスタイルを試しに適用してみることなど、いままでとは違った価値が提供できる機会はありそうです。
ただそれでも、やはり最後は人の手になるでしょう。よく知っている人に任せることへの安心感、信頼感には、それ自体に価値が存在するからです。
そして、忘れてはならないのは、こうした小さい単位の「お店屋さん」も、あくまで経営者である点です。彼らは決して言われたまま動いているわけではなく、どこに出店し、いくらの値段をつけ、どんなことにコストをかけ、何を勉強し、誰を顧客として大切にするかなど、すべてにおいて自ら「意思決定」している主体なのです。
私はむしろここに、AI時代に残る「働く価値」のわかりやすい姿があるのではないかと思うのです。
(川村秀憲:人工知能研究者、北海道大学大学院情報科学研究院教授)