久しぶりに実家に帰ったら、両親が激しい喧嘩をしていた。
【写真】パリ五輪開会式「二丁目」感に驚き ドラァグクイーンショーは「権威」になってしまったのか 北原みのり
激しいといっても二人とも70代後半の老人である。大声を出すわけでもなく、暴力に訴える類いの激しさではなく、ただただひたすら言葉の応酬である。応酬というよりは、母が一方的に父を責め立てているようにも見える。原因はPFASである。
PFAS。知っている人は詳しく知っているが、知らない人は全くと言っていいほど知らず、関心もなく、何のことかもほとんどわからないのではないだろうか。私はこのひと月、「PFASって知ってます?」と周りの人にそれとなく聞き続けているのだけれど、自信を持ってPFASを説明できる人はほぼいなかった。それでもきっとこれからは、日本に暮らす全ての人が知っていくワードになっていくのだろう。それは3・11以降に「ベント」とか「メルトダウン」という言葉を私たちが否応なく理解したような強度で。知らざるを得ない現実を前に。
PFASを一言で言えば、“フォーエバー・ケミカル/永遠の化学物質”である。においも色もない1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物、合成化学物質群の総称だ。
PFASの歴史は浅い。1930年代にアメリカで開発されたというので、まだ1世紀も経っていないが、私たちの生活はPFASなしでは成り立たないほどに便利な物質である。撥水性、耐熱性、耐油性に優れたPFASは、たとえば焦げないフライパンや、水が染みないスニーカーや、炊飯器、撥水性のあるコート……あらゆる商品に使われてきた。また、一瞬で鎮火できることから、空港、軍事基地でもPFAS配合の泡消火剤が使われた。
ところが1970年代から、PFASを使用する工場や軍事基地、空港周辺の水が汚染されていることがわかり、深刻な健康被害が報告されるようになった。欧米ではPFASの危険性は常識のように語られていて、たとえば歯ブラシや歯間ブラシなどに「PFASフリー」が表示されていたりする。ヨーロッパでキッチン用品売り場に行くと「焦げないフライパン」そのものが売られていないこともある。