82歳で海洋レーダーの事業を立ち上げた松本徹三さん(撮影/朝日新聞出版写真部・上田泰世)

 どんな仕事に就いていても、能力は発揮できます。何しろ長い経験の蓄えがあるのですから。大切なのは誇りの問題です。

 ニューヨーク駐在時代、こんな経験をしたことがあります。子どもの家庭教師だった人のパートナーが大病院の事務局長をつとめていましたが、帰国して何年もしてから久しぶりにニューヨークに行って、久しぶりにこの人の家を訪れてみると、定年になって事務局長をやめたあとも、彼は病院に残り、資材の運搬などの下働きの仕事をしているのを知りました。

 給与は事務局長の半分になっていたようですが、彼は気にしていませんでした。病院という人の命を助けるやりがいのある仕事、その一翼を今もなお担っているということが、彼の誇りになっていたからです。

 そして、彼は時折、そういう下積みの仕事の中でしか気がつかない重要な要改善点を、かつては自分の部下だった現在の事務局長に、さりげなくアドバイスもしていたようです。

 事務局長までつとめた人間が、嬉々として運搬係に徹している姿に私は感銘を受けました。私は事務局長時代の颯爽とした彼の姿を覚えていましたが、誇りを持って、なおも真剣に下働きに取り組んでいるその時の彼のほうが、もっと格好よく見えました。

 私も、いつまでも誇りを持って格好よく生きたい。人から評価されるより、自分で自分を「なかなかの奴だ」と評価できるほうが、はるかに充実した生き方ではありませんか。

(構成:辻由美子)