新しい知の発見によって古い知が意味を持たなくなることがある。流行現象とは少し違う。たとえば古くは顕微鏡、最近ならスーパーカミオカンデなど、観測機器の発達によって、それまで見えなかったものが見えるようになる。コンピュータによって膨大なデータも処理できるようになった。より洗練された方法が考案されて、古い考え方が誤りだったとわかることもある。
 橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内』は、いま知の最前線がどうなっているのかを、書物を通じて概観した本。複雑系、進化論、ゲーム理論、脳科学、そして功利主義の五つのキーワードで案内する。タイトルだけ見ると、知のパラダイムが変わって読む必要がなくなった本をこき下ろす内容だと思うかもしれないが、ちょっと違う。もっと前向きで、新しい読むべき本がたくさん紹介されている。各章の最後にブックガイドがあって、ためしに書名と著者名を書き写してみると、かなり長大なリストになった。
「読まなくてもいい本」とはなにか。たとえば80年代のニューアカデミズム・ブームのころ、ドゥルーズ/ガタリの「リゾーム」論が話題になった。難解な知の最前線ともてはやされた。しかし複雑系についての解説書がたくさん出ているいま振り返ると、隔靴掻痒というか、いささかずれていたというか。あるいはフロイトの精神分析も、フッサールの現象学も、脳科学が進歩したいま、再点検しなければならない。古典だからといって、ありがたがる必要はないのだ。もちろん理系/文系の垣根など意味はない。
 知は常に書き換えられるし、パラダイムもチェンジする。本書を読みながら遡行的読書術というものを考えた。ぼくたちはつい、古いものから順番に読んでいこうとするけれども、それは違うのではないか。いまいちばん新しいものから始めて、さかのぼるようにして読んでいくほうが間違いは少ないのではないか。

週刊朝日 2016年1月15日号