「おとなしい人でした」「礼儀正しい人でした」と言われるような人物が猟奇的な犯罪を行ったのなら、そこには相当大きな理由があるはずだ。いつもは常識的で真面目な人間だったとしても、いや、そういう人間だからこそ、個人的な恨みのために暴走してしまうことがあるだろう。今まで他人に迷惑をかけず、実直に生きてきた。それなのに、なぜ自分はこれほど理不尽な目に遭わなければならないのか。やられたのだから、やり返さなければ収まらないという感情。身内を傷つけられたとか、殺害されたとか、過去の出来事が重大であればあるほど復讐は残酷に、凄惨になっていくのではないか。

 元は常識人だったはずの人物が起こしてしまった、猟奇的な事件。そういう舞台装置を用意することで、悪意とは何か、犯罪とは、復讐とは何かということを私は描きたいと思っている。追い詰められた人間の行動や、その心理について掘り下げていくため、滅多に起こらないような深刻な事件を扱う。それが今の私のやり方である。

 そういうテーマを念頭に今回、事件をいくつか考えた。現場に残された遺留品は、いずれも犯人の意思や感情に深く関わるものとした。

 最後にひとつ悩んだのは、捜査員側のキャラクター設定だった。主人公は男性刑事、相棒は魅力的な女性刑事と決まっていたが、そこから先が難しかった。年下の女性刑事を指導する男性刑事というのは、すでにほかの作品で書いている。せっかく新キャラを作るのだし、今までとは違う形にしたかった。やがて思いついたのが「同い年だが女性のほうが一年先輩、しかしその後の昇任で立場が逆転し、今では男性のほうが上司」という組み合わせだった。

 前半で上司を立てていた女性刑事が途中から態度を変えて──となるのだが、これは書いていて楽しかった。ミステリーだから謎解きに重点を置くのは当然だが、その物語を支えるのは登場人物である。ふたりの間の距離感や信頼関係の変化によって、捜査シーンの印象もずいぶん変わる。あらためてバディものの強みを実感した。

 サブタイトルに〈猟奇殺人〉と入れた本作、捜査のサスペンスとともに、どうにもならない人の業というものを感じ取っていただけましたら幸いです。

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