『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』

朝日文庫より発売中

 ウェブ連載をやってみませんか、というお話をいただいたとき、最初に頭に浮かんだのは「矛盾なく最後まで書けるだろうか」ということだった。

 デビューして今年で十八年目になるのだが、私はずっと警察小説の書き下ろしをやってきたので、連載は経験したことがない。書き下ろしの場合、執筆、修正、校正などすべての作業が終わってから作品は世に出ることになる。しかしウェブ連載では事情がまったく違う。月に数回サイトに文章が掲載されるとなれば、その回数だけ締切がやってくる。充分な手直しができないのではないか、と不安になったのだ。

 しかし挑戦してみたい気持ちもあった。初めていただいた連載の仕事だ。滅多にないチャンスだと言える。

「原稿が全部出来上がってからの連載というのも、ありですかね?」

 編集担当氏にそう尋ねると、かまわないという回答をいただけた。これはありがたいことだった。事前に何度も直せるのなら問題はない。しっかり校正まで終わらせ、完成度を高めてから刊行することができる。

 初めての連載に向けて、私は準備を始めた。

 今まで私は、小説の冒頭で必ず大きな事件を起こすという方法をとってきた。事件現場には何らかの謎があり、それを手がかりとして主人公たちは捜査を進めていく。自分としてはこの書き方に、ふたつの意味を持たせていた。

 ひとつは、事件の衝撃や不可解さによって興味を引くということである。最初にショッキングな事件を起こせば、小説の目的が設定される。事件解決というゴールに向かって刑事たちは行動していくわけだ。読者の方々も、それに並走してくださるに違いない。

 もうひとつは、猟奇的な事件によって人の業を描きたい、ということだった。猟奇殺人などというとセンセーショナルでどぎつく、読者の方々を誘い込むための単なる仕掛けだと思われるかもしれない。だが、実はそのほかに考えていることがあった。

 私の書く小説には、快楽殺人者は登場しない。多少の性格の偏りなどはあっても、普段は社会人として生活している者が事件を起こすという話が多い。どこにでもいる普通の市民が、あるとき凄惨な犯罪に走ってしまうのである。作中、なぜそんなことが起こるのか。

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