働かぬ夫に怒り
「その時の気持ちはこっちが正義で、夫が悪。悪なんだから(夫は)懲らしめられて当然という感覚でした」
気づけば、日常的に夫を罵倒し、殴る蹴るの暴力を止められなくなっていた。
「夫がひきこもりにならず、働き続けてさえいてくれれば、私も夫もDVにかかわるような人生を送ることがない人間だったと思います」
虐待などのトラウマ経験のない女性がなぜ、DVの加害者になってしまったのか。事情を尋ねると、女性は罪悪感と後悔を口にしながら経緯を吐露した。
夫は新卒で大企業の研究職に就職。海外勤務も経験したエリート社員だった。感情をあまり表に出さず、まじめでおとなしいタイプ。喜怒哀楽がはっきりしていて感情の起伏が激しい女性とは対照的な性格だという。難点は「転職癖」。52歳までに官公庁を含め転職を7回繰り返した。理由はさまざまだった。
「上司と合わない」「仕事のレベルが低すぎる」「忙しい割に待遇が悪い」
どれも腑に落ちなかった。転職先が決まる前に辞職する場当たり的な行動も解せなかった。しかし女性は、正面から夫を問いただすことはしなかったという。
「若い頃は転職を繰り返すことがチャレンジ精神のようにも見えたし、高給を維持できる研究職の転職先がスムーズに見つかっていたこともあって目をつむることができました」
でも、と女性はこう続けた。「今思うと、夫に対する怒りや不信をずっと抱えていたのだと思います。DVをするようになって、私は許していなかったんだ、と自覚しました」
「動物以下じゃん」
「堪忍袋の緒が切れた」のは夫が52歳の時。「その年齢だと絶対に次の職場を確保できない」と諭す妻子の制止を振り切って辞職した夫は案の定、転職先を見つけられなかった。
「それ見たことかと。ぜいたくなんて言ってられない状況なのに、夫は『まともな仕事がない』と、そのままずるずると働かなくなり、自宅にひきこもるようになりました」
これを機に女性のDVが始まる。一方的に夫を怒鳴る日々が1年余り続いた。