カフェ風「チキンカレー」(撮影/原ヒデトシ)
カフェ風「チキンカレー」(撮影/原ヒデトシ)

 数年悩んだ末、18年勤めたNHKを辞めた。

 ただ、辞めてすぐに、カレーのことが頭に浮かんだわけではない。いままで家族に迷惑をかけた罪滅ぼしをしたい。主婦業を始めた。

 一方で、NHK時代の同僚から少しずつナレーションなど声の仕事を依頼されるようになり、語りの仕事の奥深さを改めて実感した。「細々でもいいから語りの仕事をしていきたい」と強く思うようになっていった。

 そんなときに知人から連絡があった。

「どうしてる? カレー好きだよね?」

 まもなく開校する「カレー大学院」の存在を教えてくれた。カレー作りからカレーの社会学まで勉強できる。「何それ。面白そう」と申し込んだ。

「今までと違う筋肉を鍛えられるかなって」

スパイスを重ねた「メカジキとエビのカレー」(撮影/原ヒデトシ)
スパイスを重ねた「メカジキとエビのカレー」(撮影/原ヒデトシ)

■自分の言葉で伝える

 仕事を辞めて、カレーの学校に踏み出した。夫は「何を考えているんだ。お花畑はやめてくれ」と反対したが、あきらめなかった。

「自分を輝かせられるのは、自分だけだから。好きなことをしよう」

 授業は半年間、月に1回。朝から夕方まで。課題が毎回出された。課題のために、カレーについて調べた。例えば、1960年代の高度経済成長期までは、日本のカレーは辛く、大人の食べ物だった。だが、子どもたちが食べられる甘いカレーを作れないか。そんな声に応えたメーカーは、努力の末、甘口カレーを生みだした。先人たちの思いを感じると、カレーがよりおいしくなった。

「カレーは食べた人が元気を受け取るラブレターだと思うんです。作った人たちの思いをみんなにシェアしたくなりました」

 筆記試験と卒業論文の結果、カレー大学院を首席で卒業し、芸能事務所に所属した。早速、ラジオ番組へのレギュラー出演が決まり、チャンスが巡ってきた。

「でも、カレーアナとしての活動は、ゼロからの再出発でした。まるで温室からジャングルに出たようでした」

 NHK時代とは、違う能力を求められた。データや歴史を紹介するだけではない。

「あなたがどう感じたか話してください」とダメ出しされた。自分の言葉で、視聴者が共感するようなエピソードを話さなければならない。脱皮しよう。ダメな自分と向き合った。

 スパイスは、ピリッと引き締めるだけではない。とろけるような甘み、個性的な香りをかもす。今はこう感じている。

「カレーにも人生にも、スパイスが必要だと思うんです」

(構成/編集部・井上有紀子)

AERA 2023年4月10日号