日常がちょっと面白く
彼が倒産したときも、「明日は債権者集会だ。嫌だな」と言いながら、5分後には寝てましたからね。物事を楽観的に考える能力と、未来のことを考えない能力がすごかった。何とかなるでしょ、というのが常に彼の中心にある考え方だし、夫は何も悩まないんです。まあ、私がいなかったらどうにもならなかったとは思いますけどね(笑)。夫といると、日常生活がちょっと面白くなりました。
――余命宣告から1年9カ月の闘病生活も、叶井さんらしい生き方が貫かれた。
もともと好きなことしかやってこなかった人でしたけど、治療も嫌なことはしなかったですね。夫は抗がん剤は髪が抜けるし、気持ち悪くなるからやらない、がんを切り取る手術も目指さないと決めました。
私は治るんだったら治したいと思って、いくつか病院を回りました。すい臓がんの手術で「神の手」と言われている先生も紹介してもらったのですが、調べれば調べるほどすい臓がんは予後が悪い。治療をしてもしなくても、亡くなる可能性が高いんです。最終的には私も標準治療を受けないという夫の選択を受け止めました。
夫は宣告された余命よりも9カ月も長く生き、亡くなる10日前まで自転車にも乗っていました。亡くなる前日も歩いていたし、普通に話をして、トイレにも自分で行き、シャワーも浴びて、髪も洗って、ひげもそって。最後まで夫らしさは失われませんでした。減ってはいったんですよ。たとえば毎回エクレアを食べるたびに言っていた「エクレア、おくれあ」というダジャレを言わなくなったりね。陽気さが減り、笑顔が減っていくのは悲しかったけれど、ゼロにはならなかった。寝たきりになったのは、最後の一日だけ。もっと弱って亡くなると思っていたから、もう少し時間があると思っていたんですけどね……。
後悔することはある
夫は、自分の選択に何も後悔してなかったです。結局、自分の命の責任は自分でしか取れない。自分が選ぶしかないんだと思います。夫はいつも「いつ死んでも後悔がない」と言ってたんですが、それは常に好きなことをやって、何も我慢していなかったから。