プライベートケアクリニック東京のドナールームの様子。ここでドナーは精液を採取する(撮影/大野和基)

―― 私が『私の半分はどこから来たのか』を書いた目的の一つは、「子どもの出自を知る権利」を保障することがどれほど重要かを広めることでした。日本では2020年に生殖補助医療について初めて法律が定められましたが、最も重要な要素である「子どもの出自を知る権利」は、法律の骨子に盛り込まれませんでした。

 先日、判明しているだけで97人の子どもができたアメリカの精子提供者にインタビューしましたが、彼も「子どもが自分の遺伝上の父親のことを知りえない状況はおかしい」と断言していました。

 日本のこうした動きのため、クリオスでの仕事を諦めざるを得なかった、ということでしょうか。

クリオスは日本のプロジェクトを中止

伊藤 法案のたたき台が初めて公表された2022年3月、クリオスは日本進出計画を中断し、法案が成立するまでの間、プロジェクトを凍結することになりました。日本の法案が成立すると、私の仕事は日本で禁止されることになります。

 日本人ドナーを諦め、外国人ドナーの提供精子を輸入し続けることは、やりたいことではありません。本当は日本人ドナーの精子を使いたい日本人カップルがいるのに、外国人ドナーの精子を使うことをサポートするしかないというのは、本当に心苦しいことでした。

 昨年夏、クリオス本社から「日本のプロジェクトを中止する」という連絡を受け、日本以外の国に関連する業務も担当していくことになりました。私は日本で治療する日本の人々のための精子バンクをやりたかったので、クリオスを辞めるしかないと思いました。

プライベートケアクリニック東京の様子(撮影/大野和基)

患者たちはどうなるのか

――転職活動をされたと聞いています。

伊藤 精子バンクは諦めて、以前いた金融業界に戻ろうと思いました。内定もいただいたのですが、いざ辞めようとしたときに思ったのです。私がこの業界を去ったら患者さんはどうなるのだろう、これまでクリオスを使った人たちとはつながり続けられるけれど、今後新たに無精子症と診断される人はどうなるのだろう。

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