春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 13日放送の「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK総合・毎週月曜午後7時57分)は、「春風亭一之輔が富山県滑川市へ! 落語家2人の“すべらない旅”」と題し、富山県滑川市を旅する。笑福亭鶴瓶×春風亭一之輔、地名にちなんで“すべらない”トークはどんなかけあいが飛び出すか楽しみでならない。今回のゲスト、春風亭一之輔の連載コラムから「旅」にまつわる人気記事を振り返る。(「AERA dot.」2022年7月24日配信の記事を再編集したものです。本文中の年齢等は配信当時)

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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「海」。

 甲府に行ってきた。山梨といえば信玄。メジャーな桔梗屋の「信玄餅アイス」も好きだが、金精軒もいい。特に「極上生信玄餅」。小袋入りなので片手で、蜜はあえてかけずに豪快に頂く。栄養補給にもってこい。ぜひお試しあれ。

 初めての山梨でのこと。「ご当地で美味しい物は?」と落語会の主催者Aさんに聞くと「まぁ、ほうとうかな」。つっけんどんなAさん。うだるよな真夏にほうとう。「あと、鳥モツかな」。甘辛いタレの利いた鳥モツと熱々のほうとう、口内炎バリバリだった私の口中は地獄絵図。山梨の食はTPOが難しい。

「やっぱり『煮貝』は最高のご馳走だね」「ニガイ?」「鮑を醤油と出汁で煮たモノよ」「???」。山梨は俗に海なし県と言われる内陸県のはず。なんで海もないのに鮑? 「一之輔さん、生まれは千葉ですよね? 海が近くていいですね」。いやいや、こちとら北西部の野田市。近いどころか、海なんて一年に一度、家族旅行で行くところだ。「遠いですよ」「そんなことないでしょう?」。二人で携帯で地図を見たら野田と甲府、最寄りの海までの距離ほぼ一緒。「ホントだぁ(笑顔)」。そこからAさんの応対が柔らかくなった。わかりやすい人だ。

「煮貝はね、冷蔵冷凍技術がなかった頃に、駿河湾で採れた鮑を馬で輸送したんです」「あー、駿河湾まで行くんですね」「とはいえ、信玄公のころはあそこも武田の領地でしたから、まんざら『海なし』でもないんですよ(微笑)」「(めんどくせぇ)ですよね」「採れたての鮑を醤油樽に漬け込みまして、それを馬で甲府まで運んだんです」「なるほど」「漬け込むことで、保存も利きますしね。凄いのは馬に運ばせることによる『揺れ』がいい」「あー、揺れると醤油が行き渡る」「(軽く無視して)馬の体温なんですよ!」「タイオン?」「馬の温もりですよ! 温もりが樽を通して醤油を介して鮑に伝わることによって、絶妙な味の染み具合と柔らかさになるんです。肝は『汗して一生懸命歩く馬の熱』なんですよ!」。ちょっと食べたくなくなった。Aさんは馬よりも熱く煮貝について語り続ける。「でも……今は、そういう作り方じゃないんですよね?」。つい聞いてしまった。「そらそうですよ(真顔)」「冷凍も出来るし、輸送も早いし、駿河湾直送の鮑の刺し身も山梨で食べられるんですよねぇ?」「……」。嫌な沈黙が流れて、ほうとうは冷め切って、鳥モツはカチカチ。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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