千葉県庁での記者会見を取材し、「本当に警戒すべきは、外なる悪ではなくて内なる善なのだ」という森さんの言葉も知った(『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』)。
長塚の芝居を観たのはそんな中だった。パンレットで彼は「この作品(「『GOOD』-善き人-」)と出会うまでは、ナチス、またはホロコーストに関連する芝居を自分が手掛けることは、おそらくないのではないかと勝手に予想していました」と記し、「昨年10月のハマスによるイスラエル急襲と、それに報復するガザ地区への徹底的な反撃は、いまだに続いております。この一報を聞いた私は、本作の上演のことが頭をよぎりました。いいえ。よぎったどころか眩暈がしました」と告白している。
舞台ではアウシュヴィッツで収容者のユダヤ人がシューベルトの「軍隊行進曲」を無表情で演奏するシーンもある。
善人が悪に手を染めるプロセスを長塚はじっくり演出していた。そして、体制に引きずり込まれ親衛隊の服を着た主演の佐藤隆太からは微笑みが徐々に消えてゆく。たった一人の親友だったユダヤ人精神科医(萩原聖人)から罵倒され、暗闇の中で自ら犯した大罪に頭を抱える。
目も体も不自由な主人公の母は那須佐代子が演じたが、アウシュヴィッツ収容所へのユダヤ人大量輸送にかかわった親衛隊中佐アイヒマン役も彼女だった。
両極端の配役に、僕は長塚の洞察に舌を巻いた。悪魔と言われるアイヒマンでさえ、もとは一人の人間だった。
(文・延江 浩)
※AERAオンライン限定記事