身長の最低条件は178センチ
「本当に気軽な気持ちでした。ザイテックスに行くと簡単な質問に答え、最初に身長を測定されました。5フィート10インチ(約178センチ)が最低条件でしたが、まさに私の身長だったので、合格しました」
感染症の有無を調べるため、採血も行われた。過去5年間にアフリカ大陸に入ったことがないかとか、過去5年間に他の男性とセックスをしていないとか、条件は他にもあった。感染症には潜伏期間があるので、血液は半年間凍結してから検査するという。検査に1度合格した後も、半年ごとに血液検査が必要だった。
「性感染症の検査も含めて、ありとあらゆる健康診断を無料でしてくれたことはよかったと思います」
社会的に意義がある行為であることも説明された。
「精子バンクでは、無精子の人やシングルマザー、レズビアンなど、精子提供がないと子どもができない家族を助けることの美徳を説かれました。また、幹細胞やクリスパー遺伝子編集や疾患予防のために、精子が使われる可能性があることも言われましたが、実際にそういう研究で自分の精子が使われたエビデンスは今のところありません」
オープンIDでの提供は1回100ドル
精子提供には「匿名提供」と〈オープンID〉の2つがあったが、ディランは〈オープンID〉を選び、一回の提供で100ドルを受け取った。
〈オープンID〉を選んだ理由は2つ。ひとつは受け取る額が大きいという金銭的な理由で、もうひとつは道義的な理由だ。〈オープンID〉であれば、その精子を使って生まれた子どもが18歳になったとき、精子提供者の個人情報を知ることができる。
「子どもの出自を知る権利は重要です。子どもが成長して自分の生物学上の父親のことを知ることができない、というのは筋が通りません。だから、私は〈オープンID〉を選びました」
このとき、精子提供によって、自分の子どもが数えきれないほど誕生する未来は、想像してもいなかった。
増えていく子どもの数
大学時代は1年間以上週に3回提供し、大学院に入ってから提供を再開した。
23歳のとき、ザイテックスから「あなたの精子でどれだけ子どもが誕生したか知りたいですか」と聞かれた。「もちろんです」と答えると、「2人」と伝えられた。
翌年も全く同じ質問をされ、「8人」と言われた。
26歳になったとき、ザイテックスから血液検査やサインが必要な書類があると連絡があった。そのとき、すでに50人の子ども(女の子26人、男の子24人)が誕生していると知らされた。まさか50人とは思わず、「15(fifteen)」と聞き間違えて聞き直すと、「50(five zero)」だった。
「その50という数字を、どう咀嚼したらいいかわかりませんでした。」
2021年3月、改めてザイテックスに問い合わせると、「77人が誕生している」と言われた。彼の精子で生まれた子どもはさらに増え、2023年12月の時点で、97人にまで達している。