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 ロンドンのタワマンに暮らす脚本家アダム(アンドリュー・スコット)は作品執筆のため、幼いころ住んでいた郊外の町を訪れる。そこで出会ったのはなんと30年前に事故でこの世を去った父と母だった──。脚本家・山田太一の小説『異人たちとの夏』を新たな解釈で映画化した「異人たち」。脚本も手がけたアンドリュー・ヘイ監督に本作の見どころを聞いた。

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 山田太一さんの原作に出合い、この美しい物語を映画にしたいと直感しました。本作では前に踏み出すことができない主人公がリアルな形で自分の過去を再訪し、亡くなった両親と再会します。人は誰でも「あのとき、あの人とこういう会話をすればよかった」と思っているものです。それを物語だからこそできる仕掛けで実現する、素晴らしいアイデアだと思いました。でも奇妙な状況であるからこそ、地に足のついた世界観にしなければいけなかった。そのための唯一の方法が自分自身の経験を入れることでした。主人公をゲイにし、1980年代に生きていた両親にカミングアウトする展開にしたのです。この設定を山田さんやご家族に快諾していただいたことを嬉しく思っています。山田さんは2023年に亡くなられましたが、編集したての映画をご家族と観てくださったそうです。お会いすることは叶いませんでしたが、不思議なつながりを感じています。

 両親と再会したアダムが彼らにカミングアウトすると父より母のほうが戸惑います。実際にイギリスでは「母親は子どものことを100%理解しているべきだ」というプレッシャーが大きく、私の両親や周囲をみても母親のほうがカミングアウトを受け入れにくいというケースが多いんです。さらに80年代にゲイがどのように見られてきたかを思い出すことにも大事な意味があります。24年のいま世界は大きく変わっています。それでも過去に私たちが経験してきたことから逃げおおせることはできません。忘れずに向き合い、掘り下げることが必要なのです。

 個人的な体験を語ると相手も自分の経験をシェアしてくれると私は思っています。本作を観た多くの方が「琴線に触れた」と言ってくれることがとても嬉しいです。

(取材/文・中村千晶)

AERA 2024年4月22日号