焼け落ちたコンサート会場の前では、悲しみに沈む市民らの献花が続いている(写真:AFP/アフロ)

 プーチン氏が5選を決めたロシア大統領選から5日後、モスクワ郊外で起きた襲撃事件。 過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出す中、ウクライナの関与を主張するロシア。愚かな思惑が透けて見える。AERA 2024年4月15日号より。

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 事件後、プーチン氏が初めて国民向けの動画で見解を示したのは、発生から19時間後のことだ。過激派組織「イスラム国」(IS)の犯行声明には触れずに、4人の容疑者について、以下のように語った。

「彼らは逃げてウクライナに向かおうとしていた。現時点での情報では、ウクライナ側は、彼らが国境を越えるための『窓』を用意していた」

 プーチン氏がイスラム過激派による犯行だと認めたのは、事件から3日後の25日のことだった。それでもプーチン氏はISの犯行とは認めず、ウクライナ関与説を繰り返した。

「我々が関心を抱くのは、誰が犯行を依頼したかだ」

「これは誰の利益になるだろうか? この残虐な行為は、ネオナチであるウクライナ政権の手を使って2014年から我々と戦っている者による一連の試みのひとつではないか」

 欧米がウクライナを利用してロシアを攻撃しており、ロシアは国を守るためにやむを得ず対抗しているというのは、ウクライナ侵略を正当化するためにプーチン氏が繰り出している理屈そのものだ。

 ロシアにとって真の脅威を見誤った失態から国民の目をそらすだけでなく、それを逆手にとって戦争遂行を正当化するために利用しようとしているとしか思えない。

 そもそもウクライナは、ISなどイスラム系の過激派から見ればロシアと同じ異教徒の国であり、敵視すべき相手だ。さらにガザ危機では、いち早くイスラエル支持を強く打ち出した。そんなウクライナから指示されてイスラム過激派が行動するという構図自体、無理がある。

 アフガニスタンやチェチェンを舞台に、長期にわたって戦闘や政治工作の経験を積んできたロシアには、欧米も及ばないようなイスラム過激派の動向についての深く広い知見がある。今回のテロの真の構図を理解していないはずはないだろう。

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駒木明義

駒木明義

2005~08年、13~17年にモスクワ特派員。90年入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。日本では主に外交政策などを取材してきました。 著書「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか」(筑摩選書)。共著に「プーチンの実像」(朝日文庫)、「検証 日露首脳交渉」(岩波書店)

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