衝撃受けるロシア市民

 それでも、その後のロシアでは、何の根拠も示さないまま、プーチン氏の言説に沿った主張や報道が繰り返されている。

 プーチン氏の側近で、国家安全保障会議の書記を務めるパトルシェフ氏は、ISとウクライナのどちらがテロに責任があるのかを問われて「もちろんウクライナだ」と即答した。

 国内の治安対策に責任を負うロシア連邦保安庁(FSB)のボルトニコフ長官は、事件の背後に米英やウクライナがいたのかと問われて「我々はそう考えている」と語った。

 今回のテロにロシアの人々は強い衝撃を受け、深い悲しみと怒りに包まれている。そうした感情をウクライナの人々に向けようとするロシアの言説は、極めて卑劣な世論誘導だ。

 ロシア国防省は4月3日、事件後の10日間に、ウクライナでの軍事作戦に参加するために1万6千人が志願兵としての契約を結び、そのほとんどがモスクワ郊外で起きたテロの「犠牲者のあだ討ち」を志願動機に挙げたと発表した。

 これがどこまで事実を反映しているかは不明だが、ウクライナへの敵意をあおり、それを戦争継続の原動力にしようとしていることだけは確かだ。

 ウクライナの人々を殺戮(さつりく)するだけでなく、自国民まで欺いて、双方に互いへの敵意を植え付ける現状は、ロシアの侵略戦争の名状しがたい愚かさを浮き彫りにしている。(朝日新聞論説委員・駒木明義)

AERA 2024年4月15日号より抜粋

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駒木明義

駒木明義

2005~08年、13~17年にモスクワ特派員。90年入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。日本では主に外交政策などを取材してきました。 著書「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか」(筑摩選書)。共著に「プーチンの実像」(朝日文庫)、「検証 日露首脳交渉」(岩波書店)

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