撮影:タカオカ邦彦

タカオカ邦彦さんは農家など、第一次産業に携わる人々を撮り始めてから40年あまりになる。

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「昨日もふかふかの、いい土の感触を足の裏で味わってきましたよ」と、タカオカさんはうれしそうに語る。

訪ねたのは、周囲に住宅地や団地が点在する横浜市泉区にある農家。それをタカオカさんは「農家の八百屋」と、表現する。

「なぜ、『八百屋』かというと、お客さんのニーズに合わせていろいろな野菜を育てて、畑の前にある直売所で売っているからなんです」

写真には、畑で立派なダイコンを手する父と息子が笑顔で写っている。手前の畑にはキャベツ、奥にはネギが栽培されている。

さらにトマト、ブロッコリー、ホウレンソウ、玉ネギ、ニンジン、カブ、ジャガイモ、イチジクなど、野菜や果物の栽培品種は年間70種類を超える。梅干し、みそ、こんにゃく、ジャムなどの加工品も手がけている。

「都市近郊の農家といってもやはり自然が相手ですから、栽培は試行錯誤の連続です。借金をして建てたビニールハウスが台風で全部やられてしまったこともあったそうです」

撮影:タカオカ邦彦

米や野菜作りの名人

農家がどんなに頑張っても天候だけは変えられない。特に東北の稲作農家を悩ませてきたのが春から夏に吹く冷たく湿った風、「やませ」だ。稲が実らず、昔は「飢餓風」とも呼ばれた。

青森県六戸町で撮影した男性は、やませに負けない米作りの名人だという。

「稲に対して水を深く張って冷害を防ぐ、独特の田んぼを考案して実践してきた人なんです」

取材に訪れたのは9月。稲穂の頭(こうべ)が垂れる田をいとおしそうに見つめる名人はつぶやいた。

「まだ、60回しか米を作っていない」

タカオカさんは、その謙虚な姿勢に頭が下がると同時に、いっそう真摯に写真を撮っていこうと強く思った。

「加賀野菜」を作る名人を石川県かほく市に訪ねたこともある。葉の表は緑、裏は赤紫色の「金時草(きんじそう)」、一般的なキュウリの3~4倍もの重さの「加賀太きゅうり」など、その土地ならではの野菜を育ててきた農家だ。

「日本の野菜は質が良いのが当たり前とされる世界です。ましてや『加賀野菜』のようなブランド野菜となればなおさらで、さまざまな目に見えない工夫や世話をしていました」

写真にはウリと見まごうばかりのずっしりと太った加賀太きゅうりに名人の手が添えられている。

かほく市は今年1月の能登半島地震で建物が傾くなどの被害を受けた。タカオカさんは心配して連絡すると、「特に被害はなかったそうで、ホッとしました」。

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農業に特に興味はなかった