姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 3月15日、連合が今年の春闘の初回集計結果を公表しました。労働組合の賃上げ要求に、多くの大手企業は「満額」「要求超え」と回答し1991年以来、33年ぶりに5%を超える水準となっています。労働団体の全労連も、賃上げ額は平均月額7447円で、こちらもおよそ25年ぶりの水準です。しかし、物価高騰は続いています。まだこれでは生活は支えられないとして全労連は、今後も交渉を続ける構えです。

 今年2月に日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新しており、その追い風になるかのような賃上げという好循環。日銀は賃金と物価がそろって上昇する好循環が実現する確度が十分に高まったとみて、18、19日の金融政策決定会合で大規模緩和の柱であるマイナス金利の解除に踏み切りました。

 日経平均株価の高値更新に5%以上の賃上げ率──これだけを見れば、日本経済は活気を取り戻したかのように見えます。しかし、実際にその恩恵にあずかれる人は、どれだけいるでしょうか。賃上げで満額回答した体力のある大企業はごく一部です。中小企業などに、その体力がどれだけ残されているのでしょうか。その中小企業は地方に多いわけですが、賃金格差、それにともなう貧富の二極化がさらに進む可能性も懸念されます。マイナス金利の解除による金利の引き上げは17年ぶりとなりますが、経済や金融市場への影響も予想されます。

 国民ひとりあたりの所得や教育、平均寿命をもとに国連開発計画が算出したその国の暮らしの豊かさを示す「人間開発指数」の最新の調査結果が、3月13日に発表されました。それによると、日本は前回の調査結果の22位からさらに後退し、24位でした。これは決していい環境とはいえない韓国(19位)よりも下の順位です。

 GDPも日本はドイツに抜かれ、4位に転落しています。その最大の理由は、日本だけがほぼゼロ成長だからです。

 果たして、株価上昇と賃上げ率の上昇で、日本の経済は上向くのでしょうか。虚の日本経済復活に踊らされてはいないでしょうか。今こそしっかりと現実を見据えた経済政策が必要ではないでしょうか。

AERA 2024年4月1日号