「観た後のモヤモヤがよかった。あなたのモヤモヤが伝染して考えさせられた」と告げると、「でもそのモヤモヤを稽古で見せられないのが演出家。演者がビビるから。家で悩みました」と苦笑する。考えてみれば、人生に答えなどあるはずもない。ヒントがあるとしたらグレイゾーンにこそなのだろう。
「突拍子もないものを観てしまったと思って欲しい。観客の心に種を蒔くというか。それがわかりやすいエンタメに対する私なりのせめてもの抵抗です。売れたい。でも、観たくないのなら観なくてもいい。そこで葛藤する日々です。経済的に売れることは戦争に加担していることにも繋がる。であればそんな私が戦争反対というのはどうなんだろう? って」
性差の問題は稲葉の世界に現存しているという。
「女性の地位は低い。例えば“女性”演出家という呼称とかね。舞台を作る時も女性は力がない。そういう肉体的なことも。一方でそもそも『男らしさ』を演じてくれる人もいない」
悩むのが趣味という稲葉は演劇の力をこう語る。
「演劇でしかできないことをやっていきたい。丸くならずに尖っていたい。小劇場の舞台ならできる。演劇は閉じていてもいい。特別な経験ができれば。観客を監禁して、強制的に観てもらう」
考え続けることが問題解決になる。演出家として、当事者として絶えず答えを探している稲葉の姿勢をこの演目で感じた。
(文・延江 浩)
※AERAオンライン限定記事