■『あまちゃん』大ヒットの背景
2013年、小泉今日子は、宮藤官九郎が脚本を手がけた『あまちゃん』に出演しました。このドラマは、東日本大震災から立ち直ろうとする東北の人々を描き、視聴者の心をとらえました。1980年代のアイドルシーンを振り返りつつ、現代特有の「地方アイドル」を登場させた点も話題を呼びました。映画やドラマで活動を続けていたものの、ここまで一般に受けいれられる作品は、小泉今日子にとっても久しぶりです。
『あまちゃん』の大ヒットは、バブル期以降の文化の流れを背景としています。
1980年代半ば、日本人は一方で好景気に浮かれながら、「喪失の予感」にもさいなまれていました。突然手に入れた「嘘のような豊かさ」にとまどい、「こんな時代がいつまでも続くのだろうか?」と疑ったのです。当時、「世界最終戦争後のディストピア化した地球」を舞台にした漫画やアニメが流行していました(『北斗の拳』の連載開始が1983年、映画版『風の谷のナウシカ』の公開が1984年です)。そこにも、こうした「喪失の予感」の影響が大きく働いています(注1)。
これにやや遅れて、「豊かになった現在」の視点から、「貧しかった過去」をふりかえる動きも表れました。いわゆる「レトロブーム」です。黎明期のテレビ番組を回顧する『テレビ探偵団』の放映が始まったのが1986年。光岡自動車が、往年の名車を模したパイクカーの第一弾を送りだしたのが1987年。そのころがバブル時代の「レトロブーム」のピークでした。
しかし、バブルも末期になると、「豊かさへのとまどい」を忘れ、「これが当然」と思いこむ人も増えました。しかし、「喪失の予感」の正しさが、1995年前後にあきらかになります。バブル崩壊後の経済に巣食う「病根の深さ」が表面化し、日本社会は「失われた20年」に突入しました。
この「1995年ショック」のあと、「過去を振り返る動き」が新しい意味をおびて再浮上します。バブル崩壊によって失われた豊かさを取り戻す――そのためのノウハウと動機づけを、高度経済成長期の社会に学ぼうとするトレンドが生まれたのです。
「再生への希求」をバックボーンとする「昭和ノスタルジー」。2000年からオンエアされるようになった『プロジェクトX』は、これに支えられてブームとなりました。「再生への祈りに根ざしたノスタルジー」に訴え、人気を博す作品はその後も生まれています。2007年に公開された『ALWAYS三丁目の夕日』などがその代表です(注2)。
興味深いのは、こうした「昭和ノスタルジー」の消費者に、「平成生まれの若者」も含まれることです。その最大の理由として、「社会の発展が望めず、青少年も未来に希望がもてないこと」が挙げられます。これに加え、「DVDやネットによって、過去のコンテンツに簡単にアクセスが可能になったこと」も影響しているようです(注3)。
1995年以後の社会に生まれた「再生」志向は、村上春樹の歩みにも表れています。1980年代の彼は、「かけがえのないものが失われる話」の書き手でした(1983年の『羊をめぐる冒険』や1987年の『ノルウェイの森』がその代表例)。初期の村上春樹は、「喪失の予感」に訴えて人気を得たのです。彼の場合、転機は1996年の『ねじまき鳥クロニクル』でした。この作品以降すべての長編が、「失ったものを取りもどす話」になっています。
『あまちゃん』には、1980年代を回顧するシーンも多く、視聴者の「懐旧」の情に訴えかけます。冒頭で述べたとおり、「震災からの復興」も描かれています。「復興=再生」をテーマにしたドラマに「ノスタルジー」を織りまぜる――このやり方は大きくみると、『プロジェクトX』のころからの、文化の流れにそくしています。