平井智成(ひらい・ともなり)/仏料理店「ラヴィラボ ルリエ」(福岡県)オーナーシェフ。2019年、舌がんステージ4と診断。不破信和医師の「選択的動注併用放射線療法」を受けた(写真:本人提供)

 舌がんで「舌全摘」になる可能性があったが、全摘以外の治療法を探し求め、無事に復帰できた料理人がいる。仏料理店オーナーシェフ・平井智成さん(44)が語る。AERA 2024年2月19日号より。

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「舌全摘になるかもしれない」

 そう告げられたのは、舌がん手術まであと10日ほどという時だったでしょうか。最初の見立てでは「切除は半分以下」とのことだったのですが、全摘となると会話、味覚、嚥下などで雲泥の差が生じます。当然料理人の仕事に支障が出ますし、家族と話せなくなるのも避けたかった。全摘以外の治療法はないかと妻が必死で探してくれ、たどり着いたのが、がんにつながる動脈にカテーテルを通して抗がん剤を直接投与し、併せて放射線照射も行う治療法でした。

 主治医によれば、歴史のある治療法で、しかし重篤な副作用がネックになっていた。その問題をクリアした方法で治療を行っている医療機関があったのです。自宅(福岡県)のある九州地方ではありませんでしたが、切らずに済むならとすぐに話を聞きに行きました。会話や嚥下に問題がないこと、術後、味覚障害が生じるが長い人でも1年ほどで元に戻るという説明を聞き、即決しました。

 がんと宣告されると、提示された治療法が一番なんだと思いがちです。しかし、もし他に「こういう治療を受けたい」というものがあるなら、予定の治療日が迫っていても、諦めずに探すべき。その結果、今の私があるのだと考えています。

 入院期間は3カ月。退院後2~3週間は抗がん剤の副作用で寝たきり状態でした。それ以降は親方の店で味付け以外の作業をリハビリ的に手伝いながら味覚が戻るのを待ち、半年くらいで料理人として完全復帰を果たせるまで回復。味覚は無味から始まり、まず塩味、次に酸味といった段階を踏んで戻っていき、それによって味覚の一つ一つを掘り下げて考察でき、おかげで治療前より味覚が研ぎ澄まされました。コロナ禍ということもあり、焦らず充電期間をおき、2021年、オーナーシェフとしての自店舗を再開。このタイミングで完全予約制のレストランへと業態をガラリと変えたので、心機一転、新事業を立ち上げたという感覚でしたね。常連客からは「より繊細な味付けになった」と評価を得ています。

(ライター・羽根田真智)

AERA 2024年2月19日号