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 ある時、チャーミングでスタイルもよくてしかも頭のいいスズキさんという女子が、

「T君、オオシロ君かわいそうやん、いじめるのやめたりやー」

 と言ってくれたこともありました。

 スズキさんは、

「オオシロ君、いつも大変やね。大丈夫?」

 なんて言ってくれて、まるで天使みたいな人だと思いはしましたが、すでに僕の頭の中はネタのことで一杯。Tのいじめなんてどうでもよくなっていました。

 オーディション会場は、当時、大阪の道頓堀にある通称「ひっかけ橋(戎橋)」のまん前にあった「心斎橋筋二丁目劇場」でした。

 武庫之荘駅から阪急電車に乗って、梅田駅まで約1時間。地下鉄御堂筋線に乗り換えて難波駅で降り、地上に上がると、武庫之荘とは全然違う景色が広がっていました。

 高島屋デパートが目の前にどーんとそびえていて、クサイ言い方かもしれませんけれど、僕は、

「新しい自分に出会える」

 と本気で思ったんです。

「僕、やっぱり芸人になろう」

 そう固く胸に誓ったら、なんだかすごくワクワクしてきました。

「よっしゃ、一発かましたるでー」

 オーディション会場は、心斎橋筋二丁目劇場の4階にある会議室みたいな殺風景な部屋でした。なにしろ大変な人気番組だったので、100組近い素人がオーディションを受けに集まっていました。

 やがて、僕の番がやってきました。

 僕は3人の審査員の前で、得意のF1ネタ(唇の振動でF1の走行音をリアルに再現する)を一発目にかまし、オッヒョッヒョで繋ぎながら、ショートネタを立て続けに4本ぐらいやりました。すると、これがけっこうウケたのです。

 そして、まさかとは思っていましたが、3日後に『4時ですよ~だ』のディレクターさんから家に電話がかかってきたのです。

「オオシロ君、本番来てくれる?」

 正直言って、ビックリしました。

 僕は、尼崎にあるダウンタウンの松本人志さんの実家まで訪ねていって、表札に松本さんの名前があるのを見て泣きそうになったぐらい、ダウンタウンさんが好きでした。その、天才と崇めていたダウンタウンさんと同じステージに、一緒に立つことができるのです。

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それは、1989年の秋のことでした