羽田圭介が文藝賞をとってデビューしたのは17歳。デビュー作の『黒冷水』は高校生の兄と中学生の弟が壮絶なバトルをくり広げる前代未聞の兄弟ゲンカ小説だった。『スクラップ・アンド・ビルド』はその羽田圭介の芥川賞受賞作である。
 主人公の田中健斗は28歳。失業中で、単発のバイトや資格試験の勉強をしながら再就職に向けて活動中だ。父はすでに亡く、現在は母と87歳になる祖父との3人暮らし。要介護の祖父を母が引き取ったのは3年前。祖父の口癖は「早く死にたい」だ。〈早う迎えにきてほしか〉〈健斗にもお母さんにも、迷惑かけて……本当に情けなか。もうじいちゃんは死んだらいい〉
 優しい慰めを期待して家族に甘える祖父。が、リハビリのためには祖父を甘やかすべきではないと考える母は容赦がない。〈ったく甘えんじゃないよ、楽ばっかしてると寝たきりになるよ〉。薬を飲んだほうがいいかと聞けば〈勝手にしなよ、そんなの本当は飲まなくてもいい薬なんだから〉。〈健斗、水くれる?〉といえば〈健斗に甘えるな! 自分でくみに行け!〉。
 一方、祖父は本当に死にたいと思っているのではないか、そう考えた健斗は、緩慢な尊厳死をアシストすべく「過剰な介護」に乗り出すのだ。筋肉をなるべく使わせず、食事からたんぱく質を排除し、自立歩行の能力も失わせ……。〈本当の孝行孫たる自分は今後、祖父が社会復帰するための訓練機会を、しらみ潰しに奪ってゆかなければならない〉
 読む人がつい心配になるような心理戦は『黒冷水』以来、羽田の得意技である。使わない機能が衰えるなら、逆をいけば自分の能力は上がるかもと考えた健斗が、筋力トレーニングに励むくだりがおもしろい。
〈素人は引っこんでろ! これだから、目先の優しさを与えてやればいいとだけ考える人間は困る〉とは、祖父を思いやって手を出す人々に向けられた健斗の感慨。笑わせながらも介護の本質に迫った佳編です。

週刊朝日 2015年8月28日号