普段、日本で暮らしていると、なかなかうかがい知ることのない「世界各地の食卓」。そこからは、何を食べているのかという単純なことに限らず、その国の持つ地理や歴史、宗教や政治、社会情勢などさまざまなことが見えてきます。そんな"料理から見える社会や暮らし"について書かれた書籍が、世界の台所探検家として活動する岡根谷実里さんが著した『世界の食卓から社会が見える』です。
これまで約70の国と地域の家庭を訪れ、滞在させてもらいながら一緒に料理してきたという岡根谷さん。同書でも、ブルガリア、メキシコ、ベトナム、イスラエル、パレスチナ、インド、フィンランド、ボツワナ......などなど、多くの国を訪れた記録が記されています。そして、そこに暮らす人たちと料理をしていると、実にさまざまな疑問が湧いてくるのだそうです。「どうしてここのほうれん草は日本のより味が強いんだろう」「肉とチーズを一緒に食べることが宗教的にだめってどういう理屈だろう」「どうして海に接しない内陸国で魚がさかんに食べられているのだろう」。同書は、岡根谷さんの海外体験を通じて、こうした疑問に答えてくれる一冊でもあります。
たとえば、「アボカド」の世界一の生産国として知られるメキシコ。現地の人々はさぞかし質の良いものを安価に食べられるのだろうと思いきや、「最近アボカドがどんどん値上がりしていて......」と岡根谷さんが滞在した先の主婦はこぼします。
現在、アメリカや日本にとどまらず世界的に需要が伸びているアボカドですが、「現実は難しくて、むしろ逆にさまざまな社会問題が生まれている」(同書より)ようです。
「アボカド農家としては、同じものを生産するならば、高く買ってくれる人に売りたい。そこで、大きくて質の高いアボカドは、アメリカや日本などの国々に輸出され、地元の食卓には"残り物"しか行き渡らないという状況が起こっている」(同書より)
さらに、麻薬取引が組織的におこなわれてきたメキシコにおいて、近年の新たな資金源としてもアボカドは目を付けられているといいます。「私が今夜ワカモレを食べることが、あるいはファストフード店でアボカドバーガーを注文することが、麻薬カルテルの資金源になり生産者の生活を脅かしているかもしれないのだ」(同書より)との言葉は、メキシコから輸入されたアボカドを日々愛食している日本の私たちにとっても、まったく無関係とは言えないのではないでしょうか。
同書を通じて「いつもよりちょっぴり深く、食材や料理のその先を見つめている自分に気づいたなら、著者としてこれ以上うれしいことはありません」と同書の「おわりに」で記している岡根谷さん。おいしい、おいしくない、を超えた先にある料理のお話を皆さんも読んでみてはいかがでしょうか?
なお、同書は「世界一おいしい社会科の教科書をつくりたい」との思いで書き始められたとのことで、中学生や高校生にも読みやすい内容になっています。食糧問題やSDGsなどについて視野を広げたい学生などにもおすすめの一冊です。
[文・鷺ノ宮やよい]