お盆の頃は、キュウリが一年でもっとも美味しくなる時季。みずみずしくシャリシャリとした歯触りは夏の食卓に欠かせませんね。ところがこのキュウリ、かつては将軍お墨付きで「まずい」といわれ、見た目を理由に食べるのを拒否され・・・と、日本の野菜としてたいへん不遇だったようです。現在、なんとギネスブックに載っているというキュウリの真価は?

ご先祖様の乗り物「精霊馬」。キュウリ、しゅっと速そうです
ご先祖様の乗り物「精霊馬」。キュウリ、しゅっと速そうです

緑色なのに「黄瓜」とは・・・

漢字で書くと、「胡瓜」または「黄瓜」。キュウリはインドのヒマラヤ山麓原産の野菜です。
胡麻(ゴマ)・胡椒(コショウ)・胡桃(クルミ)のように、シルクロードを渡ってきたことを表す「胡」。胡服・胡笛・胡舞などの風俗は『胡風趣味』の唐人たちに愛好され、日本に伝わりました。胡瓜は平安時代にはすでに栽培されていたそうです。
黄色い実を食べるから、『黄瓜』! じつは江戸時代まで、日本では完熟して黄色くなってから食べていたといいます。緑色のキュウリは、未熟な実だったのですね。戦国時代に来日したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスは、著書で「我々はキュウリだけは未熟なものを食べるが、日本人は(果実は未熟なものを食べたりするのに)キュウリだけはすっかり熟したものを食べる」と書いています。当時から、西洋的にはちょっと変わった食べ方だったようです。
キュウリは熟すととても大きくなりますが、種も皮も固くなり酸味や苦みが増すため、味はすこぶる不評でした。戦国期の医学書などに記された「キュウリの有毒性」も影響してか、水戸黄門(徳川光圀)は「キュウリは毒多くして能無し。穢れが多いので食べて神仏に参拝してはいけない。食べたり植えたりしないこと」と言い、徳川家の旗本たちは、キュウリの断面が『葵の御紋』に見えるので畏れ多いといって食べなかったそうです。本草学者・貝原益軒も「キュウリは瓜の中でも下品で味が良くない。小毒もありて性悪し」と酷評。キュウリはお墨付きで「まずい」野菜と認定されていたのです。
江戸末期に生産地の砂村(現在の江東区)で品種改良が進み、成長が早くて味が良くなったキュウリの人気が急上昇。今ではほとんど苦みもなく、シャリシャリと爽やかな美味しい夏野菜となりました。イボが痛いくらい固く尖っているものが新鮮といいます。ちなみにキュウリには「白イボ」系と「黒イボ」系があり、現在栽培されているほとんどは、皮が薄くて歯触りの良い白イボ系だそうです。

放っておくと黄瓜に
放っておくと黄瓜に

キュウリは夏のむくみやだるさを防いでくれます

なんとキュウリは「世界一栄養がない野菜」としてギネスブックに載っているそうです。そればかりか、キュウリに含まれる『アスコルビナーゼ』という酵素は、一緒に摂った食べ物のビタミンCまで破壊してしまうというではありませんか。キュウリは美味しくなっても評価されない、不遇な野菜なのでしょうか?
「栄養(カロリー)がない」ということは、たくさん食べても太らないということ・・・つまりダイエット中も安心して食べられます。キュウリには、カリウムをはじめカロチン・ビタミンC・ビタミンK・銅・葉酸なども含まれてはいますが、全体の9割以上が水分。カリウムは、利尿作用で体内の余分な水分・塩分を排出し、夏の「むくみ」や「だるさ」を防ぎます。暑い地域の水分補給や体温調節、夏バテ予防に欠かせない野菜なのです。
『アスコルビナーゼ』は酸・発酵・加熱などにより、ビタミンCの破壊力を失います。他の食材と合わせるときは、酢の物やマリネ・漬け物・炒め物がお勧めです。緑の皮は、油で炒めることでカロテンが吸収されやすくなります。また糠漬けにすると、ビタミンB1・B4とともに乳酸菌も加わって、疲労回復効果が倍増するそうです。食べ方を少し工夫するだけで、キュウリは「栄養補給食品」に変身してしまうのですね!
40年ほど前のキュウリには、今より強い苦みがあったといいます。苦みのもとは『ククルビタシン』という成分。もし苦いキュウリにあたったときは、全体に塩をまぶして擦ると、水分とともに苦み成分が出てきます。この『ククルビタシン』は大量に摂取すると中毒症状をおこす一方、抗がん作用があるとも報告されています。緑の皮の、青臭いような独特の匂いは『ピラジン』という成分によるもの。これは血液をサラサラにして脳梗塞や心筋梗塞・高血圧などを予防し、目や皮膚の粘膜を丈夫にする働きがあります。ぜひ「皮ごと調理」でいただきたいですね。

豚肉と炒めて夏バテ回復! お素麺のおかずにも◎
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キュウリは霊的な野菜のようです

キュウリは「水の神さまが宿る実」とされ、昔から農耕儀礼などに用いられてきました。キュウリを供えて水害・水の事故防止の祈願をしたり、疫病や災いをキュウリに封じ込めて川に流したり。現在も日本各地で『キュウリ加持』『キュウリ封じ』などがおこなわれています。
キュウリが大好物な生きもの?といえば、カッパ。キュウリ入りの巻き寿司を『カッパ巻き』と呼ぶのは、カッパは水の神さまの象徴でキュウリをお供えしたからという説や、キュウリの切り口の模様がカッパの顔に似ているからという説などもあるそうです。ほぼ水でできているキュウリの実・・・カッパが宿るのにも ひんやり心地よさそうな気がしませんか?
お盆には、キュウリとナスで『精霊馬(しょうりょううま)』をつくるご家庭もあるのでは。ご先祖様が地上に来るときはキュウリの馬に乗ってできるだけ早く着いてもらい、天に戻るときはナスの牛に乗ってできるだけゆっくり帰っていただくため、2種類お車を用意するそうです。少しでも長く家族と時間を共にしてほしいという思いがこめられているのですね。
みずみずしいキュウリをたくさん食べて、猛暑の夏もご家族が元気に過ごせますように。

巻き寿司の具が大好きだから「カッパ巻き」
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まるごとかじっても美味し〜い!
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