哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 自民党政権の土台が崩れ出した。党勢のV字回復はもうないだろう。検察がいきなり腰砕けになり、メディアの関心がまた芸能・スポーツに戻り、国民は政治に何も期待しないという「平常運転」に戻れば話は別だが、たぶん今回ばかりはそうはならないと思う。日本の「平常運転」がひたすら転落してゆく国運衰微の一本道だということに、さすがに日本人の多くが気づき始めたからだ。

 自民党はすみやかに下野すべきだと私は思う。「野党はだらしがない」とか「民主党政権は統治能力の不足を露呈した」という定型句を、私たちは10年以上聞かされてきたが、では「今の与党の方により高度な統治能力がある」ということを誰か証明できるのだろうか。確かに今の与党には現在の社会システムから「受益する能力」はある。だが、「現状から受益する能力」のことを「統治能力」と呼ぶのは定義として適切ではない。

 現状から受益している人たちは、「このままの現実が永遠に変わらないこと」を切望する。だから、社会が変化する可能性のある企てには敵対的である。沖縄の基地を固定化しようとすることもそうだし、改憲による緊急事態条項の制定もそうだ(そうすれば政府に反対するすべての政治活動を禁止できるから、もう何も変わらなくなる)。大阪・関西万博も「昔と同じやり方」以外に効果的な経済活動は存在しないというプロパガンダだと思えば頷ける。

 私は保守主義者であるので、かのエドマンド・バークの風儀に倣って、長年にわたって機能してきた社会システムを廃止したり、成功する保証のないシステムを新規に導入するに際しては「石橋を叩いて渡らない」ことを信念としている。しかし、さすがに今の日本の社会システムについて「長年にわたって機能してきた」という評価を下すことはできない。

 この10年、日本は世界に対して、政治構想であれ、ビジネスモデルであれ、学術情報であれ、指南力のあるものを全く発信できなかった。

「すでに機能していないことが明らか」であるシステムについては「刷新する」以外にいかなる合理的な選択肢があるのか。

 あれば誰か教えてほしい。

AERA 2024年1月15日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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