新年の祝賀行事のために皇居へ向かう愛子さま。御地赤がお顔にきれいに映えている=2007年1月1日、東京・元赤坂の東宮御所

眞子さんと佳子さまは「鶴」

 美智子さま愛子さまの意匠として望んだのは、「鳳凰」だった。

 古代中国では、善政が施されたときに鳳凰が飛来すると信じられていた。正倉院の錦織や有職文様(ゆうそくもんよう)にも使われてきた、格調高い吉祥柄だ。

 そして御地赤には、愛子さまのお印が入った。

「(愛子さまの)お印のゴヨウツツジに松竹梅を絡める意匠で、背中に刺繍を入れてください」

 美智子さまは、細部にまで気を配っておられたという。
 

 泰三さんはその後、秋篠宮家の長女・小室眞子さんと次女の佳子さまの2着目の御地赤も手がけることになった。愛子さまのものより前に作られていた、お二人の御地赤の刺繍は「鶴」だった。

 愛子さまは皇太子さま(当時)の娘で、身位の高い内廷皇族。美智子さまは深い思い入れをもって、鶴よりも格上の鳳凰を選ばれたのだろうと、泰三さんは振り返る。

 そして泰三さんは14年冬、愛子さまの2着目の御地赤を納めた。
 

新年のあいさつのために皇居に入る雅子さまと愛子さま。「御地赤」姿が初々しい=2005年1月1日、皇居・半蔵門

正月に赤い着物をお召しの愛子さま

 そして時代は令和になり、20歳の成年を迎えた愛子さまが御地赤を着ることはなくなった。

 しかし、日本の伝統文化を守り伝えようという「令和流」の皇室が、天皇、皇后陛下によって始動している。

 たとえば、海外の賓客を旬の食材を用いた和食でもてなしたり、食事前に日本酒で乾杯したりと、両陛下のアイデアが形になっている。雅子さまも最近、着物で接遇する機会が増えてきた。その思いはさらに、大学で日本の古典文学などを学んでいる愛子さまにも受け継がれていくことだろう。

(AERA dot.編集部・永井貴子)

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