伊藤匠の通算勝率は7割6分台。100局以上指している棋士の中では藤井聡太の8割3分台に次ぐハイアベレージだ。2023年度の成績も対局数、勝数でトップを走っている(撮影/横関一浩)
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 AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。34人目は、伊藤匠七段です。AERA 2024年1月1-8日合併号に掲載したインタビューのテーマは「私の勝負飯」。

【貴重写真】和服じゃない!スマホ片手にデニム姿の藤井聡太さん

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「実力が全然足りてなかったという気がします」

 2023年秋。伊藤匠は竜王戦七番勝負で藤井聡太竜王に挑戦。4連敗で敗れた。

「一度形勢を損ねると全くチャンスがないというか、そういう展開になってしまって。もちろん悔しい気持ちはありますけど。ただやっぱり、かなり実力差があったなというのは感じました」

 最終決戦のスコアは一方的ではあった。しかし竜王戦は大変な盛り上がりを見せた。伊藤はいずれ藤井のライバルになると目された大器だ。それでも、師匠の宮田利男八段ですら、伊藤が今期挑戦者になれるとは思わなかった。

「そうですね。トーナメントが厳しいので、自分も最初から挑戦とかは全然意識してなかったです」

 竜王戦では六つのクラスが設けられている。伊藤は下から2番目の5組で優勝し、決勝トーナメントに進出。上位陣を連破し、挑戦者決定三番勝負では永瀬拓矢王座(現九段)に2連勝。史上初めて、5組から挑戦権を獲得した。

「子どもの頃から、タイトル戦という舞台への憧れは当然、ありました」

 宮田は伊藤が奨励会を受験をする際、こう言った。

「君が将来、名人と竜王になったら、その賞金半分持ってこい」

 もちろんパワハラなどではなく、冗談だ。伊藤少年は適当に「はい」と答えた。師匠はそのエピソードを、弟子の激励会で紹介した。

「まあ話のネタになってよかったです(笑)」

 伊藤は呉服店に出向いた。

「和服は家族と一緒に選んで作りました。着付けはまだ練習しているところで、竜王戦では着せてもらいました。和服での対局はそんなに違和感なくやることができました」

 筆を手にして、色紙に揮毫する機会も増えた。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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