長年の盟友のような雰囲気の二人。「穏やかさ、謙虚さ、大きな心。役所さんは平山そのものになった」と監督は言う(撮影/篠塚ようこ)

 第76回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した「PERFECT DAYS」。東京の公共トイレ清掃員のささやかな日常が、世界の人々の心を動かした。ヴィム・ヴェンダース監督と主演の役所広司の対談が実現。AERA 2023年12月25日号より。

【写真】清掃員・平山のささやかな日常を描いた「PERFECT DAYS」の場面カットがこちら

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ヴェンダース:この映画を手がけた理由ですか? もちろん役所さんとお仕事ができるチャンスだったからです!

役所:いやいや(照れ)。まさか自分の俳優人生でヴィム・ヴェンダース作品に参加する日が来るとは夢にも思っていませんでした。しかも監督がトイレの映画を作るとは(笑)。

──世界的な監督と日本を代表する俳優のタッグが美しい物語を生み出した。舞台は東京。スカイツリーを望む下町のアパートに暮らす平山(役所)の日常は判を押したように正確だ。早朝に目覚め、歯を磨き、着替えをする。アパートを出るとき、必ず空を見上げてやさしく微笑む。車で音楽を聴きながら仕事場に向かう。彼の仕事は公共トイレの清掃員だ。

過去を捨てた主人公

ヴェンダース:2021年の年末に「THE TOKYO TOILET」を企画・プロデュースする柳井康治さんからお手紙をもらいました。「東京・渋谷で『誰もが使ってみたくなる公共トイレ』を作るプロジェクトをしているので、見に来ていただけませんか」と。私が東京と建築が大好きなことを知っていて声をかけてくださったんです。22年の5月に来日したとき、建築家やアーティストによる美しいトイレが12作品完成していました(現在は17作品)。最初は短編ドキュメンタリーの予定でしたが、それを見てフィクションの長編映画にしないかと提案したのです。

──映画には鍵をかけると不透明になるガラスで作られた坂茂の「ザ トウメイ トウキョウ トイレット」など個性的なトイレが登場する。そんなトイレを平山は黙々と丁寧に清掃する。一日の終わりに銭湯に行き、飲み屋で晩酌し、本を読みながら眠りにつく。彼にどんな過去があるのか、あるいは誰かを亡くしているのか……そのバックグラウンドはあえて描かれない。

ヴェンダース:みなさんの想像にお任せしますが、平山さんが何かを失くしているとすればそれは自尊心かもしれません。彼は意識的に前の人生を捨てて、新しい生き方をしているのです。

役所:おそらく過去に何かがあったのだろうという雰囲気は台本からも伝わりましたが、監督が平山についてのメモをくださって、それが参考になりました。

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