高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)/1951年生まれ。作家。明治学院大学名誉教授。著書に『さよならクリストファー・ロビン』『ぼくらの戦争なんだぜ』など多数(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 親鸞の言葉は、いまを生きる人々も魅了する。独自の視点にたち『一億三千万人のための「歎異抄」』を出版した作家の高橋源一郎さんに、その魅力や翻訳のきっかけについて聞いた。AERA 2023年11月27日号より。

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 浄土真宗の宗祖、親鸞の『歎異抄』。言わずと知れた仏教のベストセラーであり、日本でいちばん有名な宗教の本だ。何百年もの間、人々を魅了し、この数十年間だけでも幾度となく親鸞ブームがやってきた。かくいう記者も、十数年前にそのブームに乗って『歎異抄』に挑んだひとり。恥ずかしながら、当時は最後まで読み通せなかった。

 高橋源一郎さんによる『一億三千万人のための「歎異抄」』(朝日新書)には、浄土真宗本願寺派・如来寺住職である釈徹宗さんによるこんな推薦文がある。〈『歎異抄』ワールドに、新しい風が吹いた。これまで『歎異抄』を何度読んでもピンと来なかった人は、とくに本書を手に取ってほしい〉。

 恐る恐る手に取ってみて、驚いた。あまりにも、すらすらと読めたから。そして、語り手である親鸞の弟子の唯円の迷いや心の揺れが、まるで自分事のように思えたからだ。

「きっかけは親鸞がテーマの原稿を書いたことです。誰の『歎異抄』の訳を使うか考えたとき、いっそ自分で翻訳してしまおうと思ったんです。実際に訳しはじめたら、これが面白い。一部だけの予定だったのに、結局すべてを訳すことになってしまいました」

言葉を信じた人

 高橋さんは、この10年、親鸞が書いたもの、親鸞について書かれたものを熱心に読んできたという。なかでも『歎異抄』は読めば読むほど夢中になった。

「文学も宗教も政治もみんな言語の問題を扱っています。人間が言葉を使ってコミュニケーションする生きものである以上、どれも避けては通れない。そう考えると『歎異抄』が700年前の宗教の本、という枠の中に閉じ込められているのは、あまりにももったいないと思いました」

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