批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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ワルシャワにある「ポーランド系ユダヤ人ポリン歴史博物館」を見学した。2013年に開館したガラス張りの美しい建物だ。
ポーランドはいまポーランド民族ばかりが住んでいる。しかしかつてはそうではなかった。ポーランドの国境は時代によって大きく変化しているが、長いあいだ領域内には多数のユダヤ人が住んでいた。都市によっては人口の数割を占めた。その1千年の伝統を辿る博物館だ。
背景は複雑だ。ユダヤ人はいまはほとんどいない。ナチのホロコーストで殺されてしまったからだ。600万の犠牲者の半数がポーランド系だったと言われる。
それだけでもない。数少ない生存者も戦後偏見の目にさらされた。国外への脱出が相次ぎ、ユダヤ人はますますいなくなった。現在のポーランドが単一民族の国民国家に見えるのは、ユダヤ人を追い出したからでもある。展示はそんな困難な歴史に向き合うものでもある。
博物館は広大で、丁寧に見ると丸1日かかる。中世のユダヤ人移住に始まり、ポーランド・リトアニア共和国の支配下での繁栄、そして19世紀の世俗化へ至る歩みはじつに豊かで、虐殺による断絶がなかったらと想像せずにはいられない。