「一流の人を研究すればするほど、一流でなければ一流の人は集ってこない、と分かった。だから、あなたはとにかく一流にならないと、一流の人に付き合ってもらえない」

住職に教わった言葉 残った「宿題」は仕事漬けからの脱却

 その後の仕事の場面で「なるほど」ということが、何度もあった。一流になるには、会社の名で生きる「会社人間」ではなく、個として存在を示せなければいけない。同時に、部下たちはもちろん、自らも「仕事漬け」から脱却しないと、一流になれない。テルフォードを去るときの「宿題」だった。

 2017年4月に社長になると、「従来通りに」を壊していくとともに、社員の「幸福度」を重視する人事政策と評価制度を整えていく。個々がやりたいことや得意なことを会社が知って、できればそれに近い仕事をさせてあげる仕組みも考えた。

 これだけで、幸福度が満たされるとは、思わない。でも、入社したときに希望の部署を聞かれたから三つ答え、次に異動先の希望を書かされてやはり三つ挙げたが、一つもやらせてくれなかった。希望だけ言わせてかなえない、という会社では、可能性のある社員たちが去ってしまいかねず、持続性はない。

 そんな思いを芽生えさせてくれたのが、テルフォードで経験した7泊8日のボート旅行だ。イングランドは、川や運河が多い。そこを、ベッドや台所を備えた大型ボートで泊まりながら巡る。6年目の夏休みに、妻子と愛犬と経験した。『源流Again』で工場を訪れた前日の日曜日、その出発点へいった。形は少し違うが、同じ色合いのボートが係留してある。「懐かしいな」と、思わず口をつく。

 ボートの操り方を20分ほど教わると、もう出発。運河にある「ロック」と呼ぶ鉄扉を交代で開け、のんびりと進む。娘たちや愛犬は、ボートの屋根に乗って歓声を上げた。ボート遊びは一度だけだったが、家族共通の思い出だ。再訪する前、娘たちに「テルフォードで一番楽しかったことは?」と尋ねると「ボート旅行」と返ってきた。

 仕事で「従来通り」を崩してきた『源流』からの流れに、もう一つ、家族との「幸福度」を大切にする水流も重なっていたことは、間違いない。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2023年10月30日号