翌日、女性が「お散歩に行こうね。うちに来てね」と窓からさやちゃんを誘うと、ドンドンと壁にぶつかるような音が聞こえ、母親の怒鳴り声と、泣き声がかすかに聞こえた。しばらくして、父親が女性の家にやってきた。
「今、聞いたのですが、公園に行くということですが、いいのですか? スニーカー、履かせればいいですか?」
丁寧な挨拶だが、どこか仰々しい。さやちゃんが来る。泣き腫らした目で、服は昨日と同じ、汚れたパーカー。
午前中は公園で遊び、午後は公立図書館に行って本を借りた。女性が「学校の図書館とか、行かないの?」と聞くと、さやちゃんは「わがまま言っちゃダメって、パパとママから言われるから、借りられない」と言う。
両親は、あまり学校のシステムをわかっていないのだろうか。帰り道、さやちゃんは少しずつ、話してくれた。
「お隣のお姉さんと遊ぶって言うと、さや、怒られるんだ」
「保育園の時に、名字が変わったの」
今の父親とは血がつながっていないようだ。さやちゃんは、今日もあまり家に帰りたがらない。だから、こう聞いてみた。
「もう、夕飯の時間でしょ? 夕飯は、何時に食べるの?」
「夕飯はないよ。お菓子食べたら、おなかいっぱいになるでしょう」
月曜日、さやちゃんが図書館で借りた本を返しに来た。
「さやちゃん、今日、学校は?」
「今日はお洗濯の日だから、行かないんだよ」
いつものことだよと、事もなげに言う。さやちゃんは、今日も帰りたがらない。夕方、女性が「もう、帰らないと」と言うと泣きだした。
「『泥棒は出て行け』って、言われたの。冷蔵庫を開けて食べちゃったから」
数日後、女性は「衣類バンク」から分けてもらった子ども服を持って、隣を訪ねた。店で購入した服だと相手が気を遣ってしまうと考えたからだ。
「バザーの在庫置き場がなくなったので、もらってもらえると助かります」
そう言って渡すと、母親は渋々受け取った。