それから2年半経ち、京都にもすっかり慣れたなと思っている頃に2回目の転勤を告げられました。2回目はすっかり慣れたもので、3回目ともなるといい機会だとばかりに当時交際していた夫と結婚することを決めました。会社に何を言われても平然と受け止める、それがカッコいい社会人のありかただと思っていたのです。でも今振り返ると、初めて転勤を言い渡されて泣きべそをかいていた新入社員のときの姿のほうが、人として自然な感情を抱いていたように思えてなりません。

 3回目の転勤に付き合ってくれた夫はアメリカ人です。アメリカの会社には、私たちが知る限り日本のような転勤制度はありません。夫自身は父親が海軍に勤めており、アメリカ国内と海外合わせて18年間で7回引っ越したのですが、それはアメリカの中でも特殊な例だそう。navy brat(親が海軍の子)とかmilitary brat(親が軍の子)という言葉があるくらいで、「ご出身はどちら?」と訊かれたときに「自分はnavy bratだから」と言うと、「生まれ故郷がどことは言えないくらい引っ越しが多かったのか」と察してもらえるそうです。みな転勤が頻繁にあることを承知済みで志願しており、だからといって「知ってて入ったんだから文句を言うな」というわけではなく、家族ぐるみで引っ越しを繰り返すことへのケアがしっかり行われます。金銭面でのサポートはもちろん、引っ越しのたびにコロコロ変更する必要がないよう軍関係者専用の保険や銀行があり、軍関係者専用のスーパーで故郷の食べ物が手に入り、子どものためにデイケアや学校も用意されています。とにかく「転勤が多い分あなたと家族の人生を支えます」という姿勢がうかがえるのだそうです。それくらい、雇用主の都合で住まいを転々とさせることは働き手の負担が大きいということなのでしょう。

 日本の会社は、そこまで面倒を見てくれるでしょうか。引っ越しに伴う生活面のサポートを、社員の配偶者(主に妻)にお願いしていないでしょうか。転勤のないエリア総合職や地域限定職は、昇進や昇給まで限定されていないでしょうか。私も日本の企業に勤めていたときは転勤を「我慢して当たり前」「我慢してこそ評価される」と思い込んでいましたが、アメリカの文化を知るとそれはまったく必要のない我慢だったなと思います。慣れ親しんだ土地を強制的に移動させられるなんて、人として嫌で当然です。「なんでAくん引っ越しちゃったの?」と嘆く4歳児を見ていると、初めて転勤を言い渡された当時の素直な悲しみを思い出します。

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