カレー、麻婆豆腐、タイ料理、それにパプリカで赤く色づけされたシチュー……文化や宗教、民族の垣根を超えて、世界中の料理に使われている「トウガラシ」。発汗作用など、健康によい効果のある食材なのはご存じのとおりです。
中南米が原産のトウガラシは、15世紀にヨーロッパ人によって「発見」されると、あっという間に(?)世界中に広まったといわれます。
それほどまでに人々に愛される理由とは? トウガラシの魅力のヒミツに迫ります。
「暑い国の料理にトウガラシが使われる」は思い込み?
トウガラシを使った料理というと、カレーをはじめとするインド料理や、トムヤムクンなどのタイ料理を思い浮かべる人が多いかもしれません。
「暑い国の料理は、トウガラシなど辛い食材を使った料理が多い」と思いがちですが、それは誤解。確かに、植物としてのトウガラシは、原産地の中南米に似た熱帯性の気候を好みます。しかし、人々が食材としてトウガラシを受け入れるかどうかは、気候よりも「もともとの食生活」に大きく左右されるようなのです。たとえばインドやアフリカでは、古くからコショウをはじめとする多くのスパイスが使われていました。スパイシーな味に人々がなじんでいたため、新たに到来したトウガラシがすんなり受け入れられたと考えられています。
多くの国で、トウガラシを真っ先に歓迎したのは王族や貴族ではなく、庶民だったともいわれます。上流階級の料理は決まり事に縛られ、新しい食材をなかなか取り入れることができません。その一方で、労働の日々を送りながら「少しでも栄養をとりたい」「味つけにバリエーションを」と考える庶民にとって、トウガラシは魅力的だったということでしょうか。たとえば朝鮮の宮廷料理は、儒教などの伝統に従って調理されるため辛くありません。しかし、庶民が食べるキムチやコチュジャンは、トウガラシの伝来で味つけが劇的に変化したのです。
世界の「トウガラシ大好き!」民族をご紹介
「世界一のトウガラシ好き」とも言われるのがブータンの人々。
「野菜としてのトウガラシを使った料理に、香辛料としてのトウガラシで味つけをする」といった具合で、どの家庭でもキロ単位でトウガラシを購入するのだそうです。
辛い料理というと、思い出すのが「四川料理」。
でも実は、四川省と同じく内陸にある陝西省や湖南省の料理も、トウガラシをたくさん使います。とくに湖南省の人は、「湖南辣子」(湖南の辛いもの好き)と言われるほどトウガラシ好きが多いのだとか。
最後にご紹介するのは、アフリカの東に位置するエチオピア。
コーヒーの産地としても有名ですね。そんなエチオピアのとある地方に、トウガラシを使ったユニークなコーヒーの飲み方があるのをご存じですか?
使うのはコーヒーの豆ではなく「葉」。新鮮な葉っぱを潰して煮立てたものに、ショウガやニンニク、トウガラシ、ミント、塩などを加えるのだそうです。
「なんばん」?「こしょう」?日本のご当地トウガラシ
「かぐらなんばん」「ぼたんこしょう」「あじめこしょう」……何の名前かわかりますか? 実はトウガラシの名前です。トウガラシが日本に伝来し、各地に定着する中で、「外国(南蛮)から伝わったから」「コショウのように辛いから」といった理由で、「○○なんばん」「○○こしょう」などの呼び名が生まれていきました。いくつかの例外はあるものの、主に東北や関東、北陸などでは「なんばん」、中部地方から関西、中四国、九州では「こしょう」と呼ばれているようです。
ところで、この「コショウのように辛いから○○と呼ぶ」現象、どうやらいろいろな言語で起きています。たとえばタイ語でトウガラシは「プリック」と呼ばれますが、この単語はもともとコショウを指していました。それが、トウガラシが伝来してからはトウガラシをプリック、コショウはプリック・タイ(タイのコショウ)と呼ぶようになるという本末転倒(?)の事態に。
またスペイン語でも、もともとコショウを指す言葉だった「ピミエント」という単語が、トウガラシのことも指すようになっています。
世界一の辛さとギネス認定されているトウガラシは?
世界には実に様々なトウガラシがあり、辛みのないものから、甘辛いもの、ピリッと辛いものをはじめ、中には口中・ノド・唇、顔面が麻痺する超激辛のものや、皮膚に触れただけでかぶれてしまう強烈なものも!
このように数あるスパイス群の中でも深淵な世界観をもつトウガラシは、世界の人々の心を揺さぶり、料理の味付けから名前まで変えてしまった背景をもつ魅力ある食材といえます。
あなたの地元の名産品、懐かしい味の郷土料理、旅行で訪れたあの国の料理もトウガラシの伝来の影響を受けているかもしれませんね。
気温も上昇し、遠方へ足を運ぶ機会が多くなるこれからの季節、旅先、レジャー先、訪問先で気になる料理があったら、どんなスパイスを使用しているのかをお店の人や、作ってくれた人にこっそり聞いてみるのも、グルメならではの密かな楽しみ、といえるのではないでしょうか。
参考:農山漁村文化協会編『地域食材大百科』、山本紀夫編著『トウガラシ讃歌』(八坂書房)