孫崎 享(まごさき・うける)/1943年、旧満州生まれ。外務省に入省後、国際情報局長、駐イラン大使などを歴任。著書に『戦後史の正体』など

正義が後退しても

 バイデン政権はいま、軍事組織であるNATOを米国のイデオロギーで固める、つまり米国の主導体制のもとに欧州の安全保障体制を作ることを、戦争継続の大きな動機付けにしているのではないかと思います。

 ただ、政権内にも「ウクライナ全土からすべてのロシア人を追い出すことは軍事的に非常に困難。交渉のテーブルが最終的に解決される場所だ」(マーク・ミリー統合参謀本部議長)などの意見も存在します。ウクライナの反転攻勢の効果を10月頃までは見極めたうえで、何らかの次のステップへ、という可能性もあると見ています。

「ロシアが悪い」だけでなく、米国や他の国にも問題があるのでは。そんな別の視点を持つことは、この戦争をどう終結させるかを考えるうえでも重要です。

 ウクライナでは人口約4千万のうち約1300万人が自分の家を追われている状況と言われています。

 戦場では1日に100人以上の兵士が命を落とすことも。一方で、ロシアから領土を取り戻すまでは戦い抜く、これが「正義」だと。二つの選択肢のうち、私たちはどちらを是とするべきか。難しい問題です。

 ただこの戦争は、戦場では終わらないでしょう。正義を貫くことで平穏な生活や人命が損なわれ続けるなら、たとえ正義が後退したとしても、外交による和平を模索し「命と平和」を重視すべき。それが私の見解です。

(構成/編集部・小長光哲郎)

AERA 2023年8月14-21日合併号

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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