ウクライナ南部の港湾都市オデーサにある大聖堂が、ロシアのミサイル攻撃によって破損した=7月23日(写真:ロイター アフロ)

 ウクライナ戦争の終わりが見えない。背景にあるロシアと米国の思惑、その責任は。長期化する戦争について、元外交官で評論家の孫崎享さんに聞いた。AERA 2023年8月14-21日合併号の記事を紹介する。

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 長期化するウクライナ戦争。その責任は、はたしてロシアだけにあるのか。侵攻当初からひじょうに偏った声が日本を覆ってきたと、私は感じています。

 いま思えば重要な意味合いを持つ発言がありました。侵攻から3日後の昨年2月27日、安倍晋三元首相はテレビ番組で、「プーチンの意図は、NATO(北大西洋条約機構)がウクライナに拡大することを許さない、そして東部2州(ドネツク、ルハンスク州)で言えば、かつてコソボが独立した際にも西側が擁護したではないか、という論理をプーチンは使おうとしている。プーチンは領土的野心ではなく、ロシアの防衛、安全の確保という観点から行動を起こしている」という趣旨を話し、ロシア側にもそれなりに「理解しうる理由」があることを説明しました。

 さらに安倍氏は5月の英エコノミスト誌の取材では「ゼレンスキーがNATOに加盟しない、東部2州に自治権を与えると言っていればロシアの侵攻はなかった」とも語っていました。

 しかし、政界で最も力を持つ政治家の声でさえ、私たちに共有されることはその後ほとんどなく、昨年3月23日に国会で行われたゼレンスキー大統領のオンライン演説では、安倍氏の言葉とは矛盾するスタンディングオベーションが起きたのです。

 この頃から政界もマスコミも米国やゼレンスキー氏の声に偏り、客観的に状況を把握しようとする力が働かなかった。それを示す象徴的な例だと思います。

 安倍氏が指摘した通り、1990年のドイツ統一に際し、米国のベーカー国務長官がソ連のゴルバチョフ書記長に「NATO軍の管轄は1インチも東に拡大しない」と発言するなどの「約束」を覆したことが、戦争が起きてしまった最も大きな要因です。条約という形をとらない約束は破っていいという論理は、私は成立しないと考えます。

 西側諸国が行った経済制裁が思ったように機能しなかったこと、そしてこのところロシアが「併合した地域から撤退させられる状況になれば、核兵器を使う」姿勢を鮮明に打ち出してきたことで、米国は「悪のロシアを率いるプーチン政権の打倒」をウクライナ戦争の動機付けにするのが難しくなってきました。

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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