秀逸なタイトルである。下川裕治編『本社はわかってくれない』。副題は「東南アジア駐在員はつらいよ」。タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど、このところ東南アジアへの進出いちじるしい日系企業。しかし、日本と現地とのビジネス感覚の差は想像以上のようで。
 交通渋滞が茶飯事な上、バイク通勤者が多いベトナム。現地スタッフの遅刻はしょっちゅうだが、問題は雨期である。〈すみません。雨がひどくて。今日の午前中は休みます〉〈雨でいま、外に出られそうにありません〉などの連絡が次々に入る。日本からの問い合わせに〈今日は朝、スコールがあったので、返事が遅れます〉とメールもできず……。
 ラオスの首都からの出張に女性社員を連れていくことにした某氏。ホテルはシングル2室。すると彼女がいった。〈知らない土地でひとりで寝るなんて怖いです〉。え、誘ってる? ではなくてラオスでは一部屋を何人もでシェアして暮らすのが普通。ほんとにひとりが怖いらしい。事実、男性社員との出張でも〈所長と同じ部屋にしてもらえませんか〉。本社からなぜ一部屋なんだと訊かれたらどう説明しよう……。
 もっと大規模なトラブルもある。
 ミャンマーに新規事務所を開設することにした某社。本社の決裁も下り、内装工事もほぼ終わり、現地スタッフの面接も進み、準備が整いつつあった頃、ビルのオーナーから退去通告が来た。オーナーがいうには〈やっぱりオフィスビルではなくてホテルにすることにした〉。本社にどう説明したらいいんだ……。
 こんな話がザクザク出てくる小話集。ほんと、みなさま大変だ。
 もっともあちらから見れば、そんなことでいちいち悩む日本人がおかしい、という話かも。本社との板挟みが悩みの中心に躍り出るのも組織優先の日本らしい。文化や習慣は違って当たり前。こうした経験を積めば、交渉下手といわれる日本人も少しは進歩するだろうか。異文化間の摩擦も明日への糧ってことで。

週刊朝日 2015年4月10日号