デジタルアイデンティティの中村慶郞社長
この記事の写真をすべて見る

 スマホを楽しむ上で欠かせないアプリ。さまざまなスマホ向けアプリがリリースされている。例えば、App Storeで「占い」と検索すると、1730件(2015年3月12日時点)のアプリが出てくる。その多くは、既存のプログラムに従って占い結果を出すもの。占い師が監修しているものもあるが、直接その場でその占い師が占ってくれるわけではない。そんななか、チャットで占い師に占ってもらえるアプリ「ウラーラ」が話題になっている。

 そのアプリを開発・リリースしている「株式会社デジタルアイデンティティ」は、デジタルマーケティング事業・インターネット広告代理店業などを行う、いわゆるIT系の企業だ。2014年11月に『Yahoo!プロモーション広告 正規代理店』で三つ星に認定されるなど、創業から6年、IT業界で急成長している。

 ところが、創業者であり現社長である中村慶郞氏は一風変わった経歴の持ち主なのだ。ロンドン大学でMBA(経営学修士)を取得し、以前は外資系投資銀行に勤務していた経験もある。そんな中村氏に、畑違いのIT業界で起業した理由、ここまで台頭してきた要因を聞いた。

「外資系の投資銀行では、M&Aを担当していて起業家に会うことが多かったのですが、彼らは自分たちが起こす変化で世界を良い方向に変えたいと本気で考えていました。そんな熱く語れる仕事があるということにワクワクし、自分でも起業したいと思うようになりました」

 中村氏は、投資銀行を退職後、化粧品会社の日本ロレアルに入社。マーケティング戦略、ブランド戦略、新商品の企画立案などを担当していた。その中で、インターネット広告に魅力を感じ、起業を決意したという。

「日本ロレアルでは、広告を出稿する立場にいたわけです。そうなると、ROI(投資対効果)や費用対効果がどうしても気になる。そして、インターネット広告はその数字が明確にわかる。つまり効果測定しやすいということですから、これは仕事として魅力があると思ったのです。当時、インターネット広告会社もすでに多く、競争過多や業界としての成長鈍化を危惧する声もありました。ですが、実際は年間で10%以上の成長を続けていました。当時、中国の市場の伸びが注目されていましたが、それでもGDPの成長率は10%には届いていなかった。これほど伸びているIT業界なら、やっていけると思ったのです」

 しかし、中村氏自身はITの専門家ではない。起業したときも、MBA取得者が2人、広告代理店経験者などが2人の計4人で起業した。このなかに、ITの専門家はひとりもいなかったのだ。

「IT業界というのは、1人の優れたエンジニアが事業を作り成長させるのではなく、チームワークの業界だと思っています。実は、創業時の4名は1年とたたずにたもとを分かつことになってしまいました。みんなそれぞれ自信はあったのですが、同じ目標に向かって働くことができませんでした。どんなに優れた人材を集めても、同じ方向を向けなかったら、チームとしては駄目なんだと気付かされました」

 中村氏自身がITの専門家ではないことも、いい方向に働いたと話す。チームで物事を考え進め、それぞれの得意な部分を組み合わせて事業を進めることを意識したという。しかし、インターネット広告業とアプリ事業は、“同じネット関連”というだけで事業そのものに共通点は少ない。確かにアプリ業界は現在大きく成長しているが、広告代理店が事業化するのは珍しい。なぜ、同社はアプリ事業に参入したのだろうか。

「会社のビジョンとして“創造の連鎖”を掲げています。新しいものを生み出していく会社にしていきたい。その中で、アプリをやりたいというスタッフがいたのです。アプリ業界も伸びていますし、既存のインターネット広告事業とのシナジー効果も高い。他にも、社員がやりたいと思うことには取り組んでいきたい。誰しも、自分が楽しんでできる仕事なら、100の力を200にできると思っています」

 現在、同社は、サイト制作やSEO、アフィリエイト、アクセス解析、リスティング広告、LP制作、Facebook広告といった広告事業に加えて、マーケティングやコンサルティングも行っている。また、社内ではFacebookを活用しての採用活動を実施するほか、社内コミュニケーションにSNSを積極的に活用するといった取り組みも積極的に行っている。このあたりも「創造の連鎖」が表れているのかもしれない。

 中村氏は、将来、デジタルアイデンティティのメンバーはあちこちで活躍しているといわれるような会社にしたいと話す。社内ベンチャーや新規事業はもちろんだが、“創造の連鎖”を社内だけに留めず、自社から新たなベンチャーを生み出していきたいというのだ。それには自社の成長も欠かせない。数年以内にインターネット広告代理店としてトップ5入り、さらなるヒットアプリの開発、新たなメディアの創造といった目標を掲げている。

「そのどれも、通過点に過ぎません。同じことを続けていたら、誰もが飽きてくる。常に新しいことにチャレンジしていきたいと思っています」

(ライター・里田実彦)

[AERA最新号はこちら]