妻に先立たれると「年金繰り下げ」はできなくなる。しかし、このルール、実施機関で考え方に差があり、不公平な事態が生じかねないことがわかった。AERA 2023年6月26日号の記事を紹介する。
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東京都内に住む元公立学校の教師の男性(70)は昨年11月、老齢厚生年金の繰り下げを請求した。老齢厚生年金の受給開始は原則65歳。男性は7月生まれだから、5年4カ月遅れて請求したことになる。
男性には民間で働いた経験もあることから、「公立学校共済組合」(以下、公立学校共済)と「日本年金機構」(以下、機構)に老齢厚生年金の記録がある。それぞれの窓口へ出向いて手続きをした。機構の年金事務所では5年4カ月繰り下げた見込み額を記した試算結果を受け取り、公立学校共済からは今年1月、5年4カ月繰り下げた金額を記した年金証書が届いた。
2月から、偶数月に繰り下げた年金額が振り込まれている。繰り下げの増額効果で、男性の老齢厚生年金は公立学校共済分で年額210万円を超す。
と、ここまでは普通の繰り下げ話だが、男性の次の発言を聞くと、年金関係者なら男性の年金繰り下げに疑問が生まれるはずだ。配偶者について尋ねると、男性はこう答えるのだ。
「2年前、68歳4カ月の時に妻を病気で亡くしました」
なぜ、これが疑問につながるのか。順を追って見ていこう。
■「繰り下げ不可」の条件
超高齢社会が進むにつれ、「年金繰り下げ」は注目度合いが高まっている。「人生100年」で老後が長くなり、老後資金を自助努力で準備しなければならない時代に入ったからだ。年金繰り下げは、受給を遅らせた分、受け取る年金額を増やす手法。1カ月遅らせるごとに0.7%年金額が増える。最長10年遅らせることができ、5年で42%、10年だと84%も年金額を増やせる。
ただし、誰でも繰り下げができるかと言うと、そうではない。年金法には、「他の年金の受給権」を得た場合は繰り下げができないと定められている。66歳前だと、そもそも繰り下げができなくなり、66歳以降75歳までは、受給権が発生した時点で繰り下げ待機は「強制終了」となる。近年、繰り下げが注目されるにつれ、この規定を基にした「落とし穴」が年金関係者の間で指摘されるようになった。
その「落とし穴」こそ、妻が先に死亡した場合の夫の年金繰り下げである。今の年金世代の妻は会社で働いた経験を持つ人がほとんどで、老齢厚生年金を受給する資格を持つ。その妻が先に亡くなると遺族厚生年金が発生し、一定の条件を満たせば夫に遺族厚生年金の受給権が発生するのだ。具体的には、(1)夫が55歳以上である(年齢要件)、(2)妻と同居していて、かつ、前年の収入が850万円未満である(生計維持要件)、の二つだ。