
北アイルランド、ベルファスト。紛争を経ての和平合意から25年。いまだ壁に分断された街の男子小学校で哲学を教えるケヴィン・マカリーヴィー校長。子どもたちはその授業で、異なる意見に耳を傾け、自分で考え、語ることを学んでゆく。憎しみの連鎖を止める鍵を提示するドキュメンタリー「ぼくたちの哲学教室」。ケヴィン・マカリーヴィー校長に見どころを聞いた。

* * *
私は西ベルファストで育ちました。北アイルランド紛争のころは英国軍であふれかえっていた地域で、少年時代に多くの恐ろしい体験をしました。寝ているところをベッドから引っ張り出され、母は顔に銃口を突きつけられ、何針も縫いました。父は階段をズルズルと引きずり下ろされ、不当に6カ月間拘束されたんです。でもそんななかで母親に言われました。「息子よ。暴力は決して許されないし、絶対使ってはならない。教育を使って、あなたはこの状況を変えていきなさい」と。いまも母の教えが私の基礎になっています。

子どもたちに哲学を教える、といっても難しいものではありません。「シンキング・スキル」を養うためのアクティビティーの一環として考えたものです。子どもたちにある問いを投げかけて「私はこれに同意する」「いや私はそうは思わない。なぜならば……」と異なる立場になって話し合いをしたりします。それによって思考する癖をつけ、自分の考えを言語化することができるようになる。「君のその考えはプラトン的だね」などと指摘すると、子どもたちは自分に自信を持ち、大いに喜びます。

しかし学校で「人を殴ってはいけない」と学んでも、家庭で「やられたらやり返せ」と教わってしまうこともある。そういうときには「その結果を考えてみたことがある?」と聞くんです。それによって犯罪歴がついて、あなたの未来が絶たれてしまうかもしれない。「自分の道をどう切り開いていきたいの?」を子どもに問いかけるのです。さまざまな問いかけに、子どもたちは驚くほど実に素晴らしい答えを打ち返してくれます。私たちの目線は決して上から下へ、ではない。常に子どもたちを下から見上げ、彼らに学ばせてもらっているのです。

(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年6月5日号