(c) 2022 Focus Features, LLC.
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 1980年代のニューヨーク。12歳のポールはユダヤ系アメリカ人の中流家庭の末っ子。PTA会長を務める母、働き者の父、優秀な兄、そして大好きな祖父(アンソニー・ホプキンス)に囲まれてわんぱくに育っている。新学期、ポールは黒人生徒ジョニーと親しくなるが──。ミア・ハンセン監督の実体験に基づく物語「アルマゲドン・タイム ある日々の肖像」。ハンセン監督に見どころを聞いた。

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 この物語には僕の家族が100%反映されています。それがいまもっとも誠実に正直に、自分を表現できるものだったからです。

 僕は少年時代、まさにポールのようでした。「これはどうなの?」という行動もたくさんとったし、不誠実で正直じゃなかったかもしれない。母がせっかく作ってくれた食事を、餃子の出前を頼んで台無しにしていたのも本当です(笑)。

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 僕はこの映画に大人になった自分の基準をあえて持ち込まないようにしました。ポールをヒロイックに描きたくなかったのです。ポールは黒人の同級生ジョニーと親しくなりますが、転校先の私立校の友人たちが黒人差別を口にすると、彼に冷たい態度をとってしまいます。ポールは人種差別や社会の格差に立ち向かえないし、物語の最後に何かを学んだかというと学べていないかもしれない。もしかしたら「世界はとてつもなく複雑で、難しいものだ」と知ったかもしれないですけどね。

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 そんなポールに祖父は「黒人やヒスパニックの悪口を聞いたら、高潔な態度を取るんだ。高潔な人になれ」と言葉をかけます。あの公園のシーンは自分の記憶に一番近いテイクを選びました。僕は祖父を愛していました。でも、もちろん祖父も完璧な人間ではなかった。トランプ一族が支配する私立校に行かせるようにすすめたのも祖父ですしね。でもあの時代、あの瞬間のポールにとって、祖父が倫理や道徳の面で一つの「石」であったのは事実です。

ジェームズ・グレイ(製作・監督・脚本)James Gray/1969年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。「リトル・オデッサ」(94年)で長編映画デビュー。「エヴァの告白」(2013年)、「アド・アストラ」(19年)など。全国公開中 (c) 2022 Focus Features, LLC.
ジェームズ・グレイ(製作・監督・脚本)James Gray/1969年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。「リトル・オデッサ」(94年)で長編映画デビュー。「エヴァの告白」(2013年)、「アド・アストラ」(19年)など。全国公開中 (c) 2022 Focus Features, LLC.

 差別や格差、分断の問題など2023年のいまと1980年代が似ているという指摘は理解できます。人も世界もよりよく変わってほしいですが、宇宙規模で見ればたとえ2千年という時間も一瞬のまばたきみたいなもの。進化には時間がかかるのかもしれません。

(取材/文・中村千晶)

AERA 2023年5月22日号