林:あいさつ代わりに?

大石:そう。女も転職するみたいな感じで男をポンポン代える。いまのように不倫が糾弾されるような世の中ではなく、“何でもあり”という人間のパワーを感じますね。

林:でも、平安の人って、どうして顔も見ない人に恋い焦がれてラブレターを送れるんだろう。不思議ですよね。

大石:私もそれは不思議。

林:私が『源氏』の小説を書いたときに見てくれた山本淳子先生(平安朝文学研究者)は、手紙のやりとりをするときの香の焚き染め方、添えるお花、歌の素晴らしさ、筆跡の見事さ、そういう総合芸術でその女の人を好きになるんだから、いまみたいに「顔がカワイイ」とか、「スタイル俺好み」というのよりずっと美意識が高かったんです、っておっしゃってた。

大石:私もその話を山本先生に聞いたけど、夜は真っ暗で何も見えないんですよね。ブスでも勝負かけられていいなと思いました(笑)。

林:山本先生曰く、「長くて冷たい髪の毛を男の人が闇の中で捕まえたりするのもエロチックですよね」って。

大石:エロチック。真っ暗で見えないから、裸を愛でるってことはないんですよ。顔もどうでもいい。匂いとか手触りで判断する。そしてセックス自体がいいとなったら本気になっていくんじゃないですか。3日通ったら「結婚した」と言えるらしいですよ。

林:私、日大の仕事もあって、いま小説の連載は『平家物語』だけなんですけど、『平家物語』をやりたいなと思ったのは、昔、藤純子(現・富司純子)さんと尾上菊五郎さん(当時は尾上菊之助)がやった「源義経」……。

大石:ああ、昔の大河ね(1966年放送)。

林:それを見ていて、女の人たちが海に落ちていくときに、琴の音の中で金魚が……。

大石:金魚?

林:緋の袴で金魚みたいに沈んでいくあのシーンが子ども心に忘れられなくて、それから何十年もたって書きたいなと思って。

大石:なるほどね。あの戦で沈んでいく女の人たちがキラキラして金魚みたいだって、林さんのそういう感性はとんでもなく鋭いですね。そんなことはなかなか言えないですよ。

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