「最高の喜劇を上演したい!」という情熱のもと、佐藤B作さん率いる東京ヴォードヴィルショーが、当時30歳そこそこの三谷幸喜さんに初めて脚本を依頼し、舞台「その場しのぎの男たち」が誕生したのが1992年のこと。その後も何度か再演されているこの傑作戯曲だが、この夏、東京ヴォードヴィルショーの創立50周年を記念し、31年前とほぼ同じキャストで上演されることになった。当時55歳だった伊東四朗さんが演じたのは、伊藤博文の役。その頃はまだB作さんとも面識のなかった伊東さんに、最初に出演交渉のようなものをしたのは、B作さんと同じ劇団の石井愃一さんだったという。
「石井ちゃんと一緒にテレ東のドラマに出ていたときに、『今度うちで、三谷幸喜っていう若い脚本家が書いた明治ものをやるんですけど、出てくれませんかね?』なんて言われたんです。『何それ?』って聞いたら、『伊藤博文の役なんです。忙しくてダメならうちのB作がやるんで』って。そのとき、三谷幸喜という名前を初めて聞いて、『今、渋谷のパルコ劇場で舞台やってますから観に行ってみますか?』って言われて、それで観たのが『12人の優しい日本人』だったんですよ。その10年近く前、石坂浩二さんの演出で、『12人の怒れる男』っていう舞台をやっていて、それのパロディーだったので、こんなに見事なパロディーを書く人がいるんだって、ビックリしましたね」
「12人の怒れる男」は、元はといえば密室の法廷劇を題材にしたアメリカのテレビドラマで、57年には、ヘンリー・フォンダ主演で映画化もされた。
「信条として翻訳劇はやらないようにしてたんです。『だいたい、ロバートだとかジャックだとかって名前で呼ばれるのは、この顔には絶対に合わない。だから、やらないよ』って(笑)。でも、『12人~』は陪審員の話ですから、名前じゃなくて1号2号と呼ぶ。メーキャップもしないし、それが気に入って。ただ、法律用語がたくさん出てくるもんだから、セリフを覚えるのは難しかった。客観的に見て、本家の映画より我々のほうが面白かったと思ってます。何よりわかりやすくなっていたし。『12人の優しい日本人』は、映画の影響もあったと思うけど、三谷さんが僕らの舞台も観て書いたことがわかって。パルコの舞台を観てすぐ、石井ちゃんに『やるよ』と連絡しました」