1977年5月、「僕」こと歩はイランの首都テヘランで生まれた。石油系の会社に勤める父。チャーミングで社交的な母。4歳上の姉・貴子だけは問題児だったが、「僕」は幸せだった。ところが!
今期直木賞受賞作、西加奈子『サラバ!』は「僕」とその家族のじつに三十数年におよぶ物語である。
79年、ホメイニのイラン革命でテヘランを離れた一家は、しばし大阪ですごした後、父の次の赴任先・エジプトのカイロに転出。日本人学校の1年生に転入した歩は、そこでかけがえのない出会いを経験する。
〈これが成人した男女だったら、まさに運命的な出会いだ。ふたりはきっと顔を赤らめ、はにかみながら見つめ合っただろう。/でも、ヤコブも男だった。僕は少年だったが、ヤコブは僕より年上に見えた〉
エジプト人の少年・ヤコブとの蜜月は内気な歩を有頂天にさせる。日本語しかできない歩と、アラビア語しかできないヤコブが意思疎通のプロセスで発明した魔法の言葉が「サラバ」だった。〈「明日も会おう」「元気でな」「約束だぞ」「グッドラック」「ゴッドブレスユー」、そして、「俺たちはひとつだ」〉
語り手が少年であるためか、ちょっと児童文学風かもね。もっともそれは前半(上巻)の話。カイロで不仲が表面化した両親はやがて離婚。歩と姉は母とともに帰国して大阪へ。父は出家してしまうのだ。
小学生で人生の頂点を迎えた歩は盤石の容姿のおかげで20代まではモテモテだったが、30歳に至って身体上の大事件に遭遇。上昇気流に乗った姉とは逆に、人生のどん底に向かって突き進むのである。
〈自分に、こんな未来が待っているなんて、思いもしなかった〉とつぶやく歩。こういう形で「その問題(こ、これか!)」を扱った小説ははじめて読んだな。ジョン・アーヴィング『ホテル・ニューハンプシャー』を思わせる佳編。最後に待ち受ける逆転劇。児童文学ではないけれど、中高生に読ませたい。
※週刊朝日 2015年2月13日号