春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ご成婚」。

【圧倒的なオーラ】気品と輝きに満ち溢れたご成婚時の雅子さまの写真

 天皇皇后御夫妻がご成婚30年だそうで、誠におめでとうございます。

 毎月、東京半蔵門にある国立演芸場で月一勉強会を開催している私。会のある日は早くに出かけて、稽古がてら、お堀端をテクテク歩きます。時々立ち止まって皇居のほうをジーッと見つめていると、不審に思って後をつけてきた警備のお巡りさんに声を掛けられ、我に返ることしばしば。

 「なにされてるんですか?」「いや、ちょっと……」「身分証明書ありますか?」……「なんだーっ! 一之輔さんじゃないですかっ!」なんて一切言われません。『笑点』の影響力なんてそんなものか、くそ。お巡りさんに促され、コロナ禍の暇にまかせて作ったマイナンバーカードを差し出します。思えば職質された時しかマイナカードを使っていないな。まだ私の身分証明書としての仕事しかしていないマイナカード。いまだ内堀通りでしか使ったことのないマイナカード。「……はい、けっこうです」と解放されて、「この役立たずめ」と無表情の己の写真に呟き、カードを財布にしまい、また歩きだします。

 「天皇陛下もマイナカードお持ちなんだろか?」「持ってねえよ」「そうなの?」「そりゃそうだろ」「銀行口座は? 健康保険証は? クレジットカードは? Tポイントカードは? 新宿末廣亭・友の会会員証は?」「ない……のかな? どうだろ? やっぱりないだろ」「運転免許は?」「やっぱりゴールドかな?」……なんて、一人二役ぶつぶつ言いながら桜田門の辺りを通ります。

 この日は『妾馬』という落語をやる予定。稽古稽古。ストーリーは「町娘のおつるちゃんがお殿様に見初められ、お城に嫁いで町じゅうてんやわんや、おつるの兄・八五郎はお城に呼ばれてこらまた大騒ぎ」みたいな噺。ちょうど皇室に嫁がれた当時の雅子様の周辺みたいなかんじでしょうか。ちがうかな。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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