ちなみに30年前の私は15歳、高1。あの頃、連日のように皇后様の人となりが報道されてました。今思えばやりすぎじゃないかってくらい。ま、その頃も今も報道は変わっちゃいませんが。小和田家の愛犬ショコラちゃんのおかげで日本での「ヨークシャーテリア」の認知度が広まったような気がします。クシャクシャした可愛い犬。私も「ほほう、鯵の頭までガツガツ食らう我が家の雑種とはやっぱり違うのう」……と思ったね。ちなみに映画『メリーに首ったけ』に出てくるパフィという犬は「ボーダーテリア」だそうです。ショコラちゃんと似てるけどちょっと違うのね。通電されたりギプスでぐるぐる巻きにされたりしちゃう気の毒なパフィ。人形使ってるけど今、あんな表現は無理でしょうな。犬に興奮剤を与えてもいけません。すいません、『メリーに首ったけ』が好きなもんでね。

 閑話休題。『妾馬』では殿様とおつるちゃんの間に男の子が生まれて、お世継ぎとなり、おつるちゃんは「おつるの方様」と呼ばれるようになります。兄の八五郎が殿様に目通りが許されるのですが、口のききかたも礼儀作法も付け焼き刃なので、酔った挙句に殿様を「殿公!」と呼ぶ始末。ですが、器の大きな殿様が「面白き男である!」といって士分に取り立てて、八五郎は武士として殿様に仕えることになります。

 この噺、従来の演出では当事者のおつるさんはいっさい喋りません。その場には居るけど、話してる態でそれを八五郎に言わせます。それが落語の手法のひとつではありますが、おつるさんの声も聞いてみたいですよね。

 「見初められてどんな気持ち? 殿様どんな人? お城は窮屈じゃない? 長屋が恋しくない? 初めて食べて何が美味しかった? 御殿女中で嫌な人いない?」……とかとか。落語は八五郎が侍になってめでたしめでたしで終わっちゃうんですが、この殿様とおつるさんの夫婦はこのあとどんな人生を歩むのでしょうね。30年経ってもあの兄貴は無事にお侍さんでいるのかしら。

 なんてなことを考えながら歩っていると、皇居一周はけっこうあっという間なのです。ボンヤリしてると、また大手門のほうで職質されたりね。

 とにもかくにも、天皇皇后御夫妻と殿様おつるの方様御夫妻のご健康とお幸せと、八五郎さんのご活躍と、マイナカードの運用がちょっとでもマシになるのを祈るばかりです。それにしても30年てほんとあっという間。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!

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